さらり、と癖のない髪の毛が指先で踊る。こちらに身を任せている彼女は、安心しきった様子で体から力を抜いていた。それでも華奢な彼女の体を重たく感じることはない。
 温かな日の光の零れてくるリビングに、ふわりと秋の風が流れ込んでくる。それが彼女の捉えかけた髪を浚っていって、手の甲にくすぐったい気配を残す。
「……髪、伸びたなァ」
言うと、振り返った彼女が笑った。



 打ち止めが髪を伸ばし始めたのはいつの頃からだっただろうか。一方通行にはもう思い出せないが、少なくともここ1、2年なんて最近のことでないことは確かだ。既に腰の辺りまで伸びた栗色の彼女の髪は、子供の頃はあんなに癖がついてはねてしまっていたのに、今では重力に従って綺麗な直線を描いている。
「変じゃない?ってミサカはミサカはあなたに聞いてみたり」
高校生になって、流石に身だしなみを気にするようになったのか、打ち止めは毎日登校前にそう聞いてくる。そういったことにけして疎くはないとは言え、男に聞くよりも玄関に置かれた全身鏡と自分の目を信用した方が良いと思うのだが、打ち止めは最後の仕上げと言わんばかりに必ず一方通行に一言尋ねてくるのだ――変じゃないか、と。
「……まァ、今日はイインじゃねェのか」
余程急いでいない限り、最近ではもう彼女の髪型が変になっていることはない。たまに乱れていることもあるが、髪質に癖がなくなってしまったせいで、手で梳けばそれで整えられるようになっている。
「じゃあ、いってきます、ってミサカはミサカは手を振ってみる」
玄関で靴を鳴らして、彼女が笑う。それがあまりにも普通のことのようで、あまりにも眩しすぎて、思わず目を瞑ってしまいそうになった。

 色々と――そう色々とあった後、二人は今でも四人で暮らしていたあのマンションに住んでいる。ただもう本来の持ち主であった黄泉川も、ずるずると居候を続けていた芳川も居ない。お互い、自分がこの部屋の最後の住人になるだろうと思っていたのに、一方通行も打ち止めも何となく留まり続けてしまっている。
 四人で居た最初こそ辛うじて保たれていた『家族』という形は、彼ら大人たちが居なくなってしまった時点で歪んでしまい、今では一人と一人が付かず離れず生きているような状態になってしまっていた。

『好き……って、ミサカはミサカはあなたに言ってみる』

 そう、好きだと告げられてから呆気なく。それまで守ってきた、必死にしがみ付いてきた『家族』という形を彼女が壊してしまってから。
 告げられた当時は無視できた。彼女はまだ子供だったし、人並みの恋愛相手には程遠いと笑い飛ばせた。そのうち離れていくだろうと高を括っていた。けれどずっと打ち止めは傍に居て、変わらぬ信頼と愛を一方通行に注ぎ続けた。その量はあまりにも多すぎて、気づいたら無視できないほどに自分の中に沈殿してしまっていた。
 まるでそれが当たり前であるかのように。



 手を伸ばして髪に触れると、打ち止めはくすぐったそうに体を震わせた。日差しに照らされてフローリングに落ちた二つの影が繋がる。視界に入ってしまったそれがどうにも落ち着かなくて、一方通行は打ち止めの方へ視線を戻した。打ち止めはそんな一方通行の仕草に気づかなかったのか、少し昔の雰囲気の残るはしゃぎ方で言う。
「今日はねー、ポニーテールはどうかな、ってミサカはミサカは提案してみたり」
その言葉に、一方通行は打ち止めの髪を端から端まで掬ってその量を確かめた。以前無理矢理引っ張る形になってしまって以来、一方通行は打ち止めの髪に触る時は酷く慎重になってしまいがちだ。いつも壊れ物に接するような繊細さで彼女の髪を扱う。

 髪が伸びる度に、殺した少女達から離れていく彼女を思い。
 髪が伸びる度に、そんなことすら出来なかった少女達を思い。
 どうしても彼女を『そういう風』に愛することを躊躇してしまうのは多分――触れようとする中に、面影を見るからだ。
 どの面下げて愛するのだと、そう言われている気がするからだ。

「……まだ、」
お前は俺のことが好きだと言うのか、と聞こうとして、一方通行はその言葉を飲み込んだ。聞けばきっとそうだと彼女は答えるに決まっている。そうしてそれを確かめた瞬間に、自分の心がずぶずぶと戻ってこれないところまで沈んでしまうであろうことなど、とっくに分かっていた。
 目を閉じているらしい打ち止めが、心地良さそうに身を預けてくる。それを受け止めるとも離すともせずに無視して黙って彼女の髪を結っていると、静かに打ち止めが言った。
「本当にあなたはしょうがないなぁ、ってミサカはミサカは呟いてみたり」
「……そォかよ」
彼女のその顔が、家族のそれなのか、それ以外のそれなのか――敢えて分からないように目を瞑る。結い損ねた髪が指を擦り抜けて、静かに零れ落ちていく感触がした。


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ということで秋だからちょっと静かで大人目な通行止め
家族から恋人になる過程って通行止め的には非常に大事なイベントだと思うのですが、
原作でかまちー先生がそこまでやってくれるか…俺は全裸で待っている


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