除夜の鐘を聞いたのは、神社に登る階段の途中だった。


「あ、新年かなぁ、ってミサカはミサカは耳を澄ませてみる」
除夜の鐘が新年になってから鳴らすものなのか、新年になる前に鳴らし終えるものなのか覚えてはいないが、もうすぐ年が代わることは間違いないだろう。家を出た時にちらりと見た時計の時間を思い浮かべても、確かそろそろのはずだ。
「ね、早く!ってミサカはミサカはワクワクしながら階段をダーッシ、」
「阿呆、雪積もってンだろォが。転けンぞ、歩け」
着ているコートのフードを引っ張ると、打ち止めは、うぅ捕まった、と少しふてくされた顔をする。その後も何度か走ろうとする彼女を止めては歩いて、の繰り返しだったので、返って階段を登り切るのに時間がかかってしまった。

 普段人の少ないこの神社でも、初詣ぐらいは賑わうらしい。炎が盛大に焚かれた境内はそこそこの人出だった。逸れないように打ち止めの手を引きつつ、一方通行は神社の奥へ向かう。
「屋台は? 屋台は?ってミサカはミサカは、」
「うるせェ、後にしろ」
取り敢えず、面倒事は先に済ませるに限る――そう思いながら、一方通行は振り返ってそう言った。


 賽銭箱に適当に掴んだ小銭を入れる。打ち止めがもたついていたので、財布に入っていた札をこれまた適当に抜き出して渡すと、一方通行は目を閉じた。
(……今年も、)
離れずに過ごせたことに感謝だけ告げて、一方通行は目を開ける。一般的に神頼みをするのが多い以上、じっと願い事をしている人間が多いわけで、案の定、隣の打ち止めも長いこと熱心に何かを呟いていた。いつまで願っているんだと呆れ始めたところで、瞼を開いた打ち止めと視線が合う。
「何かお願いした?ってミサカはミサカは聞いてみる」
「別に」
次の人間に代わるために階段を下りながら答える。後ろから付いてくる打ち止めに聞こえたかは分からなかったがどちらでも良かった。

(こンな力があるンなら、)
そう、あるのなら。限界まで足掻いて、ダメでももがいて――そうやって日々を重ねてこれたことに、感謝だけしている。何かを願うガラではないし、そんな筋合いも資格もない――それは自分の事情であって、傍らの彼女には関係のないことだ。

「む、何か難しそうなこと考えてる?ってミサカはミサカはアナタを訝しげに見つめてみたり」
ふと、横から言い当てられて一方通行は我に返る。
「なンだよ」
咎めるような顔で見上げてくる打ち止めに、自然と何処か言い訳するような口調で答えてしまって、一方通行は舌打ちする。打ち止めはむっとした顔を崩さないまま言った。
「屈んで屈んでーってミサカはミサカは、」
くいっと服の袖を引かれる。それが存外強い力だったので少しよろめきそうになり、半ば強引にしゃがむ羽目になった。そうして、視線の高さを合わせると、耳元で囁かれた言葉。
「ミサカがアナタの分までお願いしといたからね!ってミサカはミサカは胸を張ってみる」
あまりにもその顔が自信満々だったので、一方通行は少しだけ吹き出しそうになる。あぁ、だけれど。こんな風に馬鹿みたいに素直な、笑ってしまうくらいに純粋な彼女が酷く酷く眩しかった。

(そォだ……)
 柄にもなく、考えてしまう。
 この小さな子供に神様がついていて、彼女の願いを叶えてくれれば良い、と。
 そう思う。

(敢えて言うなら、それが願いか)
そう思いながら、一方通行は何気なくポケットに突っ込んだ手を打ち止めへ差し出した。打ち止めは少しきょとんとした顔をした後、ぱっと表情を輝かせて手を握り返してくる。
(温っけェな)
その子供の体温を享受しながら、一方通行は小さく白い息を吐いた。


 彼は知らない。
 彼女にとって、彼は”彼女の願いを叶えられるたった一人”であることを、知らない。

 彼は知らない。
 彼女が願ったその小さな願いを知らない。

 彼は知らない。
 彼女がその瞬間、小さく微笑んだことを、知らない。


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ということで、今年は頑張って更新したいなぁと思ったのでちゃんと正月更新してみました
最初は全然違うタイトルで全然違う話考えてたんですが、
何かオーソドックスなタイトルになっちゃってすみません…

ちなみに「なぁ、俺がオマエを好きなのは何でだと思う」ってタイトルでした
私の方が知りたいです(何でそんなタイトルにしようと思ったのかを


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