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日記ネタ拾い上げ、新しいのなくてスイマセン…
分かりやすく言うと小ネタ、オチ無し、超短文が集まってるんだよ!!
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【Isn't she lovely?】(110416)

 涙目で戻ってくるとは予想外だった。番外個体は内心驚いているのを隠して何でもないことのように聞く。
「どうかしたの?」
「……クサイって言われた……ってミサカはミサカはうわぁああああああん!!!!」
何故か胸に飛び込んでくる打ち止めを抱きとめて、番外個体は溜息をつく。ふわっと香るのは少し甘めの香水の香りだ。セレクトしたのは自分。あまりスパイシーなのも大人すぎるだろうと思い、この小さな少女に似合う無邪気な雰囲気のものを選んでみたのに、どうやらあの男は一言で突っぱねてしまったらしい。まぁ、何となく予想はつく。単に司令塔の突然の大人びた行為に面食らってしまったのだろう。
(……難儀だねぇ)
女なんて、ちょっと目を離している隙にすぐ変わってしまう。すぐ傍に居るというのは他人に対するアドバンテージにはなっても、対象に対するアドバンテージにはならない。誰よりも彼女の傍にいても、それでも彼女が変わるその一瞬を見逃すことだってあるのだ。
 そんなこと分かっている癖に、それでも彼女が変わることから目を背けようとする学園都市第一位の、弱さ。番外個体は彼のその人間らしさに、時に酷く引っ掛かりを覚えることがある。
「……香水って、いつになったら匂いなくなるの、ってミサカはミサカは……ぐすっ、聞いてみたり」
打ち止めが手の甲で涙を拭いながら聞く。確かあれこれ選んで店頭で試したのが1時間前だった。
「オードトワレだからあと1時間くらいは続くかな」
そんなにキツイ香りでもないのだが、打ち止めはがっくりと肩を落とす。
「お、お風呂入ってくる……ってミサカはミサカは……はぁ、」
店頭であれだけ一生懸命選んだのに、一方通行の否定がそれより重いとは――それはそれで複雑な気分のする番外個体である。のろのろとバスルームに向かう打ち止めを、番外個体は何とも言えない気持ちで見送った。


 お風呂から上がった打ち止めはくんくんと自分の匂いを嗅いだ。いつも通りのお風呂上りの匂いだが、さっき香水をつけていた時、自分ではあまり香りを捉えられなかったので、もしかしたら多少残ってるかもしれない。
(ん、大丈夫かなぁ……ってミサカはミサカは、はっ、)
クシュン、と小さくくしゃみをして、打ち止めは体を震わせた。髪の毛から滴り落ちてくる雫がキャミソールを濡らす。染みになった部分から体温が幾分か奪われていく感じがして、もう水滴が落ちてこないようにバスタオルで一生懸命髪の毛の水分を拭う。まだ熱気の残るバスルームから出た打ち止めは、そこで缶コーヒーを片手にした一方通行と鉢合わせた。
「風呂入ってたのかよ」
何故か幾分バツの悪そうな顔で一方通行が言う。打ち止めは僅かに体を引いて、うん、と小さな声で返す。
(に、におい……大丈夫、かな……ってミサカはミサカは、)
俯いたまま早く行き違おうと急ぎ足になったその瞬間、ふと髪の毛が引っ張られる感触がした。振り向くと、僅かに屈んだ一方通行が髪の毛先を弄んでいる。何故かそれがすごく気恥ずかしくて打ち止めが固まっていると、フゥン、と一方通行は呟いて髪を離した。
「まァ、これくらいはイインじゃねェのか」
そう言って、一方通行はあっさりと背を向ける。

 一方通行のその言葉が、湯上りのシャンプーの香りのことを言ってるのだと打ち止めが気づいたのは、しばらくしてのことだった。


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【ノックアウト】(110413)

 裸の背中が見えて目覚める朝は、どこか落ち着かない。打ち止めは二、三度瞬きしてからそっと息を吐き出す。一方通行は既に起きているらしく、上着以外を身につけてベッドに座っていた。寝転んでいる状態の打ち止めからは背中しか見えない。
(…………意外と、)
一方通行は体つきは華奢だが、骨は何となく頑丈そうな気がする。肩甲骨の辺りをぼんやりと見上げながらそう思った打ち止めは、次の瞬間ぱっと目を伏せた。彼の背中に残る引掻き傷は、昨日自分がつけたものだ。初めてというわけでもないのに挿入られる時はいつも痛くて声を上げてしまう。昨夜も、ぎゅうっと抱きしめられて背中を撫でられてようやく力を抜く有様だった。
(慣れないなぁ、ってミサカミサカはしょんぼりしてみたり)
どれだけ準備をしてもらっても、痛いものは痛い。何回かすれば自然に馴染むようになる、と聞いているのに一向にその気配がなくて泣きたくなる打ち止めだ。毎回泣き喚く自分に一方通行が呆れていないか心配になってくる。
 と、そこで一方通行が振り向いた。
「…………起きてンなら言え」
どうやら気配に気づかれてしまったらしい。打ち止めはさり気なくシーツを引き上げ――たつもりだったが、次の瞬間には笑われてしまった。
「朝っぱらから何気にしてンだ、ばァーか」
そんなことを言われても恥ずかしいものは恥ずかしい。こちらに向いた視線にどぎまぎしていると、一方通行が少し思案するような仕草を見せた後、つっと手を伸ばしてきた。意味が分からなくて目を白黒させると、クッと一方通行が笑う。
「なンだァ? それとももう一回すンのか?」
その言葉を冗談と認識する前に顔が赤くなる。触れられた指先をひんやりと感じるほどに、顔が熱くて。あぁ、今――自分はどんな顔で彼を見上げているのだろう。
 少し冷静な表情に戻った一方通行の顔で何となく、分かる。次に言われるのはきっと――否定の、
「…………あのなァ、」
「そ、その! して、も良いよ、ってミサカはミサカは、」
言葉を遮った瞬間に体が押し倒されて。気がつけば天井を背にした一方通行を見上げていた。阿呆、とでも言うように呆れた顔をした一方通行が、次の瞬間耳元で囁いて――それがあまりにも恥ずかしくて打ち止めは目を伏せる。


 ――黙ってれば、カラダに聞いてやるのに。


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【クルイザキ】(110402)

その子供は、狂い咲く桜の下に立っていた。


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『だって、可笑しいでしょう』
そう、彼女と同じ顔をした女は言った。
『自分の分身を殺した男と寄り添ってるなんて、可笑しいでしょう』
それは、ごくまともな――真実。彼女に触れたこの手が、彼女と同じ遺伝子の血に塗れていたこと。そんなことは彼女も知っているはずなのに、この手に彼女は触れ、この体に彼女は身を預け、この顔に彼女は笑いかける。
『        』
女が言った言葉を、一方通行は無視する。理解すれば壊れてしまうと、分かっているから。

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 満開の桜の下で、彼女は微笑む。その笑顔にほんの少しの大人びた色が混じって、一方通行の胸は痛む。例えばほんの少し、彼女が大人びていくだけで。"彼女たちは"どうだったのかと――そう考えてしまう。
「綺麗だね、ってミサカはミサカはあなたに同意を求めてみたり」
あぁ、と素っ気無く聞こえるほどに短い言葉を返し、一方通行が彼女に倣って桜を見上げる。散りゆく花びらが目元を掠めていき、その感触がほんの少しだけ一方通行の瞼を下ろさせた。

「……なァ、オマエ……なンでアイツらと一緒に行かなかった」

 それは今の話か過去の話か――曖昧にしたまま一方通行は言う。目を開いた先に、彼女は居ない。視線を動かすと、一つ離れた桜の木の下に小さな後ろ姿が見えた。ざぁっと風が吹き、更々と花びらが散っていく。その儚くて綺麗な薄紅色を、彼女は纏っている。

「……だって、ミサカはあなたが好きなんだもの、ってミサカはミサカはあなたに告げてみたり」
ふと、口元が笑う。その硝子のような愚かしさ。それが、一瞬彼女ではなく虚ろな表情をして死んでいった彼女たち、に重なるようで。

 あぁどうして気づかなかったのだろう。

 彼女は彼女という個体ではなく、彼女たちの奴隷だと言うことに。一方通行が愛すれば愛するほどに愛を返し、彼女たちを裏切って狂っていく――ただの道具だと言うことに。
 ただ愛されて狂っていくだけの、人形だということに。

「…………ァ、」
唇が乾いて、心臓が早鐘のように打つ。体の内側に心音が反響して、全身がまるで鼓動を鳴らすだけのガランドウのようだ。

 ――誰か教えてくれ。
 自分は彼女が嫌いだと言えば良いのだろうか。
 それとも好きだと言えば良いのだろうか。

 目の前の事実を消したくて目を閉じても、脳裏には彼女の姿がこびり付いて離れない。既に生まれてしまった気持ちを消すことも出来ず、一方通行は立ち尽くす。


 狂い咲く桜の下には、空っぽの瞳をした少女が立っている。
 酷く幸せそうで、酷く空虚な笑みを浮かべた――愛に壊れた人形が、立っている。


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【プライベート・キングダム】(110320)

 この人は、「怖い」も、「痛い」も、言うことが出来なかったんだ。
 だって、それが――最強、なのだから。


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「……なンだよ」
寝苦しそうにしていた一方通行の額の汗を拭うと、起こしてしまったらしく、煩わしそうな声がした。見下ろした一方通行の顔色は少し悪い。
 ううん、と打ち止めが首を振ると、存外あっさりと、腕を掴んでいた手は離れていった。それ以上打ち止めの相手をするのが億劫なのか、ごろり、と一方通行は背を向ける。それは何でもないことのはずなのに、哀しい。
 打ち止めはため息をつくと、諦めて一方通行のベッドから飛び降りる。今はこうするしかないと分かっているし、一方通行が自分の弱っているところを見られたくないのも知っていた。小さな声で言った、おやすみなさい、の声は一方通行に聞こえているだろうか、聞こえていないかもしれない。でもそれでもかまわないと打ち止めは思う。
 一方通行は時々、こんな風にうなされることがある。それに打ち止めが気づいたのはいつだったか。暑くて寝苦しいのかな、と最初は勘違いしていたから、あれは夏のことだったと思う。


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 何か飲み物でも飲もう、と思って廊下を歩いていた矢先、ドアから漏れる光を目にした打ち止めは、きゅぴっと反応した。打ち止めの部屋からキッチンまでの短い廊下の間にあるのは、一方通行の部屋だけだ。
(あ、あの人もまだ起きてたんだ、ってミサカはミサカは嬉しくなったり!)
駆け出そうとした打ち止めは、けれど、次の瞬間聞こえてきた、悲鳴を噛み殺すような声に、体を凍らせた。
「…………っ、」
何かを恐れるような、何かを怖がるような、そんな呻き声だった。その後は、静寂。しんと静まり返った部屋の中から、それきり物音は聞こえてこない。
 そっと打ち止めは一方通行の部屋を覗き込む。閉め損ねたカーテンの隙間から月の光が漏れて、一方通行の体に淡くて暗い縞模様を作っていた。ベッドから起き上がったポーズのまま、一方通行はぴくりとも動かない。その顔は手のひらに覆われていたけれど、見開かれた赤い目だけがやけに生々しくて、打ち止めは息を呑む。
「……っ、う」
時々漏れる声が、彼が息を整えようとしているのを知らせていた。だが、彼の薄い体はそれを拒むかのように動かず、そこだけ時が止まったかのように静止してしまっている。
 見てはいけないものを見てしまったのだ、と打ち止めが気づいたのは、どこをどうやったか覚えていないが、いつの間にか自分の部屋に帰ってきてからだった。

 その一方通行の姿は、何故だか――泣いているように見えた。



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 打ち止めは振り返ってもう一度だけ一方通行の眠っているベッドを眺める。幽かながらも規則正しく上下する布団が、彼の眠りが穏やかなものになっていることを教えてくれた。それでも不安は尽きなくて、打ち止めは俯く。本当は部屋を出て行きたくなかった。彼に寄り添ってずっとずっと"守って"あげたかった。

 どれだけ悩んでも、どれだけ苦しんでも――それでもこの人の罪が消えることはない、何年経っても色褪せない。だから、きっとこの人は永遠に苦しむのだろう。自分の傍らで。どれだけ傍に居ても。
 未来がどれだけ広がっていようとも、きっと――この人は過去を消せない。世界の誰からも責められなくても、たった一人で自分を責め続ける、そういう人なのだ。

「…………ごめんね、」
それが何に対する謝罪なのか、自分でも分からなかった。


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