セックスも出来ない子供の、どこが良いの、と。


 珍しく大真面目な顔で聞かれたので、咄嗟の反応が遅れてしまった。
「ふーん、じゃあやっぱり第一位は司令塔が良いんだ。ロリコンもここに極まれり、か」
その一瞬の表情で何を察したのかは知らないが、番外個体の言葉は断定的だ。立ち上がってどこかに行こうとする番外個体に反論しようとした一方通行だったが、打ち止めが、うん、と小さく寝返りを打とうとしているのが見えて慌てて止めた。ソファに寝転んだ状態で逆側に向こうとすれば、そのまま床に落ちてしまう。
「なンだよ」
視線を感じて振り向くと、番外個体がソファの背に腕を置いて頬杖を付いていた。そのまま人差し指がこっちに顔に迫ってくるので慌てて避けると、膝の上に頭を載せている打ち止めが小さく唸る。揺らしてしまったらしい。舌打ちをすると番外個体が耐え切れないとでも言うようにクツクツと笑い声を漏らした。何とかやり返してやりたかったが、眠っている子供を起こすことも出来ない。ハァ、とため息をついて番外個体を無視していると、そのまま彼女の気配が離れる。
「ふぅん?」
嘲笑うような、けれどどこか面白がるような遠い声。ドアの傍まで移動していた番外個体は、ふと思い出したように言った。
「ま、いつまでもそういうようじゃ吠え面かく羽目になると思うよ、そのうち」
「あァ?」
「その子だって女だ、ってこと、その時第一位がどんな顔するか見ものだね」
彼女にしては珍しく悪意3割、純粋なからかい7割くらいのブレンドで笑みを残して、番外個体は去っていった。言われていることがよく分からなくて、一方通行は頭をかく。
「……女、なァ」
すやすやと眠っている子供は見るからに子供だ。どこからどう見ても子供だ。これが異性なら射程範囲が広すぎるだろう――そんな変態どもは例のメンバーだけで十分である。
 子供特有の膨らんだ頬を突付くと、打ち止めの眉が微妙に顰められる。
(アホ面……)
それが面白くてついつい何度もつついてしまった。



 打ち止めが目を覚ましたのは十数分後のことだった。頬をつつきまくっていれば如何に眠りの深い子供でも目を覚ますのは当たり前のことなのだが、何故か止められなかったのが敗因だ。
「何で起こすかなぁ、ってミサカはミサカは怒ってみたり」
尤も、肝心の打ち止めが半分寝ぼけた顔で怒っているのでまるで緊張感がない。
「アー、まァ悪かったな」
流石に自分の行動が悪かったことは分かってるので珍しくストレートに謝ると、打ち止めは目を丸くしてこっちを見てきた。
「あなたがそんな素直に謝るなんて珍しいね、ってミサカはミサカは何か変な気分になってみたり」
もごもごと普段より幾分キレのない口調で打ち止めは言う。そのままふらふらとテーブルの方へ向かう打ち止めの危なっかしい足取りを見て、思わず一方通行は声をかけた。
「オイ、」
「ちょっとだけ、おなか……すいた、ってみさかはみさかは……」
眠気がぶり返したのか揺れる頭で冷蔵庫の中を覗き込んだ打ち止めだったが、しばらくしてしょんぼりした顔で振り返る。
「な、なんにもない……ってミサカはミサカはぜつぼうしてみたり」
仕事をしている割にはちゃんと家事もする黄泉川なので、意外と部屋にそのまま食べられるものは置いていない。居候に番外個体が加わるようになってからお菓子類の消費が早くなったのか、今はそれも切れている。キッチンや食器棚の辺りをうろうろした後、打ち止めはテーブルにぺたりと体を投げ出し――て、顔を上げた。
「……あ、見っけ、ってミサカはミサカは閃いてみたり」
彼女の手に握られていたのはイチゴのジャムだった。この間買い物に行った時『何かいやらしくない?』と言いながら番外個体が無理矢理買い物カゴの中に突っ込んできたものだ。誰が食べるために買ったわけでもないのでそう消費が早いわけもなく、まだ中身は半分以上入っている。
「スプーン直接突っ込むンじゃねェぞ」
言うと、訳の分からない顔をしたまま打ち止めが頷いた。本当はあまりジャムをそのまま舐めるのも良くなさそうだが、他に食べるものがあるわけでもない。そのまま見ていると止めてしまいそうだったので、一方通行はテレビをつける。
 しばらくクスリとも笑えないバラエティをBGMにしていると、ゴン、と大きな音が響き渡った。起こっていることを大体予想しながらテーブルの方へ向かうと、案の定、ジャムのついたスプーンを持った格好のまま打ち止めが突っ伏していた。
「アホ、寝ンな」
頭を叩こうかと思ったが、赤くなった打ち止めの鼻が更に赤くなりそうだったので流石に思い留まる。ジャムの中身は思ったより減っていた。腹がいっぱいになったからか、元々眠気が大きかったのか、くぅくぅと寝息を立てる打ち止めに起きる様子はない。
「これだからガキはよォ……」
そのままにしておけないのでソファにでも移動させようと思ったところで、息苦しくなったのか打ち止めが顔の向きを変える。ベタベタとジャムで口元を汚した姿は少し微笑ましかった。そのまま口元を拭ってやろうと手を伸ばして――
「う……ん?」
小さく打ち止めが呟く。在り得ることだったのに全く予想していなくて、思わず手を引っ込めてしまった。ジャムの甘い匂いが、一瞬だけ鼻先をくすぐる。それが、何故だか鮮烈に頭の中に残って。ジャムの残った唇は思ったより"女"のそれで、酷く艶やかで柔らかそうな雰囲気を漂わせている――そう認識してしまった自分は馬鹿馬鹿しい。

 馬鹿馬鹿しい、はずなのに。
 今までそうしたいと思ったことなど、本当に一度もなかったのに。

(……アホ、子供だろォが)
再度手を伸ばしてべとついた口元を拭ってやると、一瞬むずがるように打ち止めが眉を顰めた。
 ジャムのついた唇――そこだけが浮いたように酷く酷く生々しい。一度意識すると、どうしようもない。伸びきっていない手足、あどけない表情、平たい胸、全て単なる子供だというのに。そんな記号を端から上塗りしていくように艶やかな唇が目について離れない。
「…………あくせられーた?」
名前を、呼ばれた途端に。その幼い声に弾かれたように飛び退る。指先に一瞬だけ触れた温かさが急速に体中を侵蝕する。

 目の前の、彼女が急速に――"女"の色を帯びる。
 その、変化に、どんどん気持ちが飲み込まれていく。
 守りたい、と思うよりも先に――込み上げてくる衝動、が、

 廊下に駆け込むと、バタン、とドアを閉める。そうして彼女を視界の外へ無理矢理追い出す。しばらくぼんやりとしたままドアに体重を預けていると、体の動悸が治まっていくのが分かる。ホッと息をついたところで、指先のベト付きに気付いて自然と舌打ちが漏れた。目を逸らすだけでは、何の解決にもならない、と――まるでその感触が告げているようで。
「……甘ェ、」
普段口にしないストロベリージャムを舌に転がすと、また一瞬だけさっきの熱が蘇る。それをどうするか持て余しているうちに、ドアの向こうから足音が聞こえた。
『アクセラレータ?』
トタトタトタというその音が、何かのカウントダウンに聞こえた。


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さっさとちゅーくらいしろよと思った人、俺もそうですナカ-マ!!
しかしこれぐらいの距離感(家族→恋愛?)でグズグズやってる方がもやしらしいとも思う
(でも今やってるがヤッてるって出て全て台無しだった


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