『はいはーい、もしもーしこちらヨミカワのうちだよ!ってミサカはミサカは元気よく電話に出てみたり!』
『あ、打ち止め? 良かった良かった、誰も出ないかと思ったじゃん』
『あれ、どうしたのヨミカワー』
『今すごーく急いでるじゃん。テーブルの上に黄緑の封筒、ないじゃん?』
『キミドリキミドリ……あ、これかな?ってミサカはミサカは同意を求めてみる』
『あったじゃん!? 助かったじゃん! それ今すぐうちのガッコまで届けて欲しいじゃん?』
『わかったー、ってミサカはミサカは返事してみる!』
『一人じゃ危ないから保護者つきでよろしく!じゃん』


 嬉しそうな顔で電話を切った子供が満面の笑みで一方通行の方へ振り返ったのが30分ほど前。
 そして現在。一方通行と打ち止めは窓から注す夕日に照らされた廊下を歩いていた。書類を受け取った黄泉川はあと少しで仕事が終わるそうなので、待ち時間の消費がてら構内をぶらついている状況だ。
「ねぇねぇ、あれ何?ってミサカはミサカはあの赤いランプを指さしてみたり」
「アー、見たら分かンだろ。消火栓だ消火栓。火事の時とかによォ……ッ、何気にボタン押そうとしてンじゃねェ!」
走っていって警報を鳴らそうとする打ち止めの手を間一髪のタイミングで掴む。不思議そうな顔で見上げてくる打ち止めに懇切丁寧に解説してやると、おぉーと感嘆の声でもう一度ボタンに手を伸ばしたので、今度は無言で頭を叩いて黙らせた。暴力はんたーい、と小さな声で呟く打ち止めを無視して、一方通行は辺りをぐるりと見渡す。
 懐かしい――という感想でも抱けば良いのだろうが、生憎と学校自体の記憶が曖昧な一方通行だ。もちろん戦いの最中に偶然足を踏み入れたことはあるが、何の目的もなしにただ目の前に広がる構内をぼんやりと眺める機会はなかった。傍らの打ち止めほどではないが、少しだけ物珍しさを感じる。
「学校って広いね、ってミサカはミサカは笑ってみる」
「アー、まァ、昼間は何百人もうようよしやがるトコだしなァ。そりゃ多少は広くねェとマズイだろ……オイ、うろちょろすンな」
弾んだ声で、打ち止めはきょろきょろしながらあちこちに興味を向ける。今にも走り出しそうな子供の頭を掴んで自分の方に引き戻そうとした一方通行だが、打ち止めはするりとその手をかわして廊下の少し先の方へ駆けていった。
「ねぇねぇ、このドア開いてるみたいだから中を見てみたい!ってミサカはミサカはわくわくしながらあなたを呼んでみる!」
ここまで歩いてきた廊下の傍らに並んでいたドアは粗方仕舞っていたが、どうやら例外が現れたらしい。時間を確かめると18時過ぎ、黄泉川が合流するのにあともう少しはかかるだろう。
「あンま長居はできねェからな」
一言釘を刺して、一方通行は打ち止めの後を追った。


 ドアが開いていたのは空き教室のようだった。僅かにほこりが溜まり掛けた机は、今はもうこの教室が使われていないことを思わせる。夕暮れの色に染められた教室に足を踏み入れるのを躊躇している一方通行の横をすり抜けて、打ち止めは真っ直ぐに教卓へ向かった。背の高い教卓の影に不釣合いな小さな影が寄り添う。
「出席番号1番! 一方通行さん!」
「あァ?」
急にわけの分からないことを言われたので素で無愛想に返すと、打ち止めはチッチッチッと指を振って唇を尖らせる。
「ノンノンノンノーン!!!! ミサカが先生であなたが生徒なんだから、そこはハイ!って元気良くだよ?ってミサカはミサカはあなたにダメ出ししてみたり」
打ち止めはコホンと咳払いを一つすると、気を取り直したように顔を上げて、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「出席番号1番! 一方通行さん!」
「…………」
「出席番号1番! 一方通行さん!!」
「……………………」
「出席番号1番! 一方通行さーーーーーん!」
「アー、ハイハイハイハイ! なンですかねェ!?」
あまりにもしつこく言ってくるので返事をしてやると、打ち止めはにへら、と嬉しそうに笑う。その笑みが、今まで見た笑顔と少し違ったものに見えて、一方通行は黙り込んだ。打ち止めのいる教卓の方へ足を向けると、彼女はそれに合わせたかのように段差を降り、整然と並ぶ机の方へ歩いていく。
「……………………」
教卓から見下ろす視界に懐かしさを覚えるわけがない――今までそんな立場になったことなどないのだから。ぐるりと教室を見渡すと、窓際の席に座った打ち止めと目が合う。見上げてくる打ち止めの意図を何となく察した一方通行は深々とため息をついた。
「なンだよ、俺にもやれってかァ?」
既に夕暮れは藍色が濃くなっている。教室にいる生徒役は一人だし、先生役は真っ当な学校生活と真逆の道を歩んでいる。電気の消えた教室は到底学校らしいとは言えない。
「だめ?ってミサカはミサカはお願いしてみる」
それなのに、嬉しそうに楽しそうに無邪気にそう言ってくる打ち止めの笑顔が――酷く虚しいものに思えたから。

「いつになるか分かンねェけどよォ、オマエだってそのうちガッコに行くンだろォが。その時までそォいうのは残しとけ」
 滑り落ちたのは、自分にしては優しい、拒否の言葉だった。

 それは、いつもの青色のキャミソールじゃなくて、こんな静かな二人きりじゃなくて、夕闇の迫る喧騒のない世界じゃない、その時に呼ばれるべきものなのだ。

 打ち止めは虚を突かれたようにきょとんとした顔で一方通行を見た。淡い沈黙の中、彼女は一方通行の言葉を咀嚼するようにゆっくりと瞬きをする。それから、打ち止めは小さな声で呟いた。
「………………いつか、ミサカも学校に行って良いのかな、ってミサカはミサカは聞いてみたり」
泣き笑いのような表情を浮かべた打ち止めの頭を、一方通行は返事の変わりにくしゃりと撫でる。
 僅かに残った魔法の残骸を解くように、下校時刻のチャイムが鳴り響いた。


-------------------------------------------
一方さんと打ち止めで教師×生徒できゃっきゃうふふとか思って書き始めたのにどうしてこうなった…
打ち止め早く学校に行けると良いなぁ…んで怖い保護者が毎日送り迎えすると良いなぁ
何気にしんみり&家族っぽい話は久々のような気がしますね


inserted by FC2 system