いつも通りの暗い空の下、彼女が住むマンションへの道を急ぐ。ロクデナシと言われても仕方のない自分に、よく付き合ってられるものだと思う。はぁ、とため息を一つついて、一方通行は空を見上げた。
(に、しても……)
本当にこんな風になるとは思ってもみなかった。平凡な毎日を送れる日が来るなどと、欠片も考えていなかった。隣で彼女が笑っている今の生活を、時々幻のように錯覚してしまう一方通行だ。
(チッ……)
理由を何だかんだつけてつい後ろ向きになってしまう一方通行の癖を、打ち止めはよしとしていない。抜け目なく一方通行のそういうところを見つけてすぐにフォローしてしまう。類は友を何とやらなのか、最近の彼女のお節介ぶりはどことなく黄泉川のそれを思わせた。
 大人しく家で待っている(であろう)打ち止めのことを思い浮かべて、一方通行の足は自然と早くなる。
(分かってンだよ)
かつて自分を取り巻いていた学園都市の闇はもう随分と遠いものになってしまっている。余程のことがない限り、あの暗がりへ戻ることはないだろう。ただ漠然とそれを感じるだけでなく、実際に一方通行は暗部から足を洗っていた。連中から、最初の数年こそ何かしらちょっかいをかけられていたが、今ではそれもなくなっている。
 そんな風に、日常は既に始まっていた。

 つらつらと考えているうちに、いつの間にかマンションにたどり着いていた。熱気の強い外からエントランスへ入る。夏の外気が遮断された空間は心地良い涼しさに満ちていた。ライトを頼りにしながら、入り口で暗証番号を打ち込む。無駄に物々しい雰囲気で開く扉に体を滑り込ませ、一方通行はエレベーターに乗り込んだ。腕に抱えたプレゼントを眺めてどうやって渡そうと思案する。
(今更、どォってこともねェか)
ノックをして扉の前で待つと、パタパタと廊下を走る音が聞こえた。
「おかえりなさいー、ってミサカはミサカはあなたのことを出迎えてみる!」
クシャクシャに顔を綻ばせて、打ち止めが笑う。やたらと嬉しそうなのは、逢うのが久々だからだろう。
(まァ……)
けして予想しなくはなかったので、一方通行は特に動揺を表に出さず部屋へ上がる。ふらっと前に立ち寄った時と違って、部屋は綺麗に片付けられていた。こんな端々から彼女も大人になったんだな、と一方通行はぼんやりと思うことがある。
「えっと……久しぶり、ってミサカはミサカはごにょごにょしてみたり」
手をぎゅっと握りしめて、打ち止めが言う。
「あァ……そォだな」
最近は電話でのやり取りの方が多かった。今日はどうした、とかそういった話題ばかりはしゃいで話していた打ち止めが、その実寂しがっていることくらい何となく察していた。ゆっくりと一方通行は打ち止めに歩み寄って、手にしていた包みを差し出す。
目をぱちくりさせた打ち止めはぼんやりと一方通行を見上げた。
「ミ、ミサカに……?ってミサカはミサカは確認を取ってみる」
静かに頷くと、打ち止めはゴソゴソとプレゼントの封を解いた。
「えっと、ゲコ太……?」
一抱えもある包みから出てきたのは、昔打ち止めが好きだったカエルのぬいぐるみだった。もうとっくにぬいぐるみなど欲しがる年ではなくなってる打ち止めは、嬉しそうにしながらも首を傾げて――ぬいぐるみの手が不自然にぎゅっと握られていることに気づいたらしい。せっかちにぬいぐるみの手を開いた彼女が指輪を確認したところで、一方通行はぶっきらぼうに言った。 「すぐにじゃなくても、イイけどな」 「ん、そんなことないよ……待ってた、ずっとずっと待ってた、ってミサカはミサカはあなたに抱きついてみる!」


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ということで2周年記念のお遊びも忘れないうちにサルベージ
頭文字が順に『いろはにほへと〜』になってたりします
まぁたまにはこういう趣向もありということで




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