風呂場から上がった悲鳴は、音量の割には微笑ましい内容だった。
「ふ、ふふふ太った! 太った!ってミサカはミサカは絶叫してみたり!」


 一方通行がリビングに入ると、バスタオル一枚でへたり込んでいる打ち止めに黄泉川・芳川が一生懸命話しかけているところだった。普段なら二人とも、風邪を引きそうな打ち止めの格好に怒っている場面なのだが、どういうわけか必死に慰めているようだ。少し近づいてみると、がっくりという言葉を体現するかのように肩を落とした打ち止めが、うぅうううとしか聞こえない怨嗟の声を漏らしているのが分かった。
「太ったって……今の時期は成長期よ? 気に病むことはないわ」
「そうじゃん、大人になってから太るのとはわけが違うじゃん…? っていうか腹の肉掴めるようになってから言…………うん、掴めても気にすることないじゃん!」
「愛穂、あなたねぇ……」
呆れ声の芳川が黄泉川の脇にチョップを食らわせた。傍からはそこまで勢いはなかったように見えたのだが、どうやら当たり所が悪かったらしく黄泉川は勢い良く悶絶している。まぁ、大体事態は把握できた。一方通行は黄泉川の横をすり抜けると、後ろからひょいと打ち止めに話しかける。
「オイ、なンだ、クソガキ。太ったのかよ?」
打ち止め本人にとってはデリケートであろう話題なので、なるべくさらっと聞いたつもりの一方通行だったが、打ち止めはたったそれだけで顔と体を強張らせた。一言からかいの言葉でも付け加えてやろうと思っていたのだが、この反応はかなり不味そうだ。慌てて、まぁ気にするな、と続けようとした一方通行の台詞は、俯いた打ち止めの言葉で遮られた。
「……する、」
「あァ、なンだって、」
「ダイエットする! ダイエットするもんね!ってミサカはミサカは宣言してみる!」
すっくと立ち上がった打ち止めはそう高らかに宣言した。



 立ち寄ったコンビニでつい真ん中の通路に足を踏み入れようとしたところで立ち止まる。訝しげな顔を向けてくる別の客を避けて、一方通行は飲み物が並ぶ奥の通路へ向かった。
(…………要らねェンだっけか……)
色とりどりの箱が並ぶ菓子の列を視界に入れつつ、店内を横切る。

 打ち止めのダイエットは根気よく続いていた。もう一週間にもなるが、食べる量を減らしてグーグー腹を鳴らしてる割に頑張っているようだ。最初はこれ見よがしに買ってきた菓子を食べたりしていた一方通行だが、あまりに相手をされないのでやめていた。

「男の嫉妬は見苦しいじゃん?」
「嫉妬の使い方間違ってンぞ、独身女」
 けして、そんな数日前のやり取りやボコられそうになったことが原因ではない。

 ちょうど秋口になっただけあって、棚に並ぶのは秋の味覚を謳ったものばかりだった。栗、サツマイモ、かぼちゃ。恐らく菓子の列から進入してきたのであろう波は弁当の棚に及んでいる。飲み物の棚は流石に免れてるだろう、と思ったところで、『濃厚・サツマイモドリンク』なるパッケージを見てげんなりした。尤も一方通行が買うのはいつもコーヒーなので関係はないのだが――

 晩夏に半分興味、半分嫌がらせで買って帰ったすいかドリンクのことを思い出す。打ち止めは中途半端な一方通行の好意に涙目になりながらもそれを飲み干していた。一口飲んでギブアップした一方通行と大違いである。意外と根性の座ったガキだな、と少し認識を改めたのを覚えている。

「ガキならガキらしく腹いっぱい食ってりゃ良いだろォが」
思わず零れ落ちた独り言を無視する。目に涙を溜めて俯いている子供を見ていると、別になんらこっちが悪いわけでもないのに罪悪感が芽生えてくるのだ。
 カゴの中に几帳面に入れたコーヒーを目にして、舌打ちする。以前はバラバラと適当に入れていたのだが、こっそりと打ち止めが放り込んでいた菓子の箱を思い切り潰して以来、カゴに整列させて入れるようになっていたのだ。新製品とお気に入り、カゴに入れた二種類の缶は真上から見ると綺麗な円模様を描いている――菓子を買う予定などないのだから、適当に入れてしまってかまわないのに。
「……チッ、」
また舌打ちを一つして、一方通行は空いてるスペースに乱暴に次の缶コーヒーを突っ込んだ。



 数日後、また夜の買出しに出ようとしたところで、一方通行は打ち止めから声をかけられた。
「ンだよ?」
「……だいえっと、」
俯いたまま、打ち止めは小さく呟く。
「アー、こないだから菓子とか買ってねェだろォが。なンだァ、サプリでもいンのか? あのなァ、ガキの頃からそォいうのに頼っちまうとなァ、」
面倒くさそうに、けれど随分と長い説教をする一方通行に、打ち止めはぶんぶんと首を振る。
「……だいえっと、するから……今日からジョギングなの!ってミサカはミサカはもごもごと言い訳……じゃなかった、話しかけてみたり」
「あァ?」
「そ、それでその行き先が『たまたま』あなたが缶コーヒーを買いに行くコンビニの方向と同じなの、ってミサカはミサカは呟いてみたり……」
そう言うと、打ち止めの小さな手が伸びてきて、そっと一方通行の服の端を握った。無言を貫いていると、不安そうな瞳がこっちを見上げてくる。きゅっと子供の指に力が篭る。
「あ、あの……」
沈黙の降りた玄関に、打ち止めの小さな声が響く。
「…………まァ、今日は公園の近くンとこ行くつもりだったけどなァ」
ぶっきらぼうにそう言って靴の具合を確かめ始めた一方通行に倣って、打ち止めも慌てて靴に足を突っ込む。と、ふと気づいたように打ち止めは驚いた声を上げた。
「え、あの超遠いとこ!?ってミサカはミサカは聞き返してみたり」
そう、その超遠いコンビニだ――片道30分くらいかかる。まぁ、ダイエットなら長距離なことに文句を言われる筋合いはない。それに――
「……積もる話もあンだろォが」
差し出した手をきょとんとした顔で見つめた打ち止めが、次の瞬間花が開くように笑う。何日かぶりに触れた掌は、いつもと同じように温かかった。


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ダイエットのダの字も必要なさそうなもやしに嫉妬
打ち止めくらいの子供はぷにぷにしてるほうが可愛いと思うんですが、
ガリガリの子供も大好きです(つまり子供なら何でも好きです!(キリッ
ふとした時に一緒にいるのが当たり前になってることに気づく、とか大好物なんですが皆さんどですか?


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