コンビにやらスーパーやら……まぁ要するに小売店では、売れ行き商品というのは視界に入りやすいように目線の高さに置くものらしい。そうすると、足元近くのラックにある商品はそうそう売れるものでもないのだろう。一方通行は少し屈んで『それ』を手に取ると、頭をかいてパッケージを眺めた。
 時々部屋を訪ねてくる子供が、コーヒーが苦い、と舌を出していた顔を思い出す。
(……ウルセェのも面倒だしなァ)
ぼんやりと考えながら、一方通行はカゴの中に『それ』――ハチミツを追加した。


 インターホンも鳴らさずに勝手に上がってくるのはあの子供だけだ。
 一方通行はのろのろと体を起こした。ソファーに寝転んで携帯電話を弄っていたらいつの間にか寝てしまっていたらしい。まだ少しぼんやりとした頭でドアの方を見やると、ちょうど件の子供が部屋に入ってくるところだった。
「むむー、おねぼうさん?ってミサカはミサカはもうお昼なのに寝ぼけ眼のあなたに尋ねてみたり!」
にこにこと邪気のない笑顔で話しかけてくる打ち止めだが、いかんせん寝起きの一方通行にはきついボリュームの声だ。
「…………………………ウゼェ」
「う、うわ……照れ隠しじゃなくて本当にうざそう、ってミサカはミサカはちょっと引いてみる」
纏わりついてくる打ち止めを無視してキッチンへ向かうと、グラスに水を注いで口に含む。少しずつそれを繰り返していると、徐々に頭が覚醒していくのが分かった。くるり、と振り返ると、キッチンにまでついてきた打ち止めが嬉しそうに笑っていた。
「で、なンで人ンちに勝手に進入してきてンだ、クソガキ」
「うわぁ……目が覚めても罵詈雑言なんて、ってミサカはミサカは大分引いてみる」

 黄泉川の部屋を出たことにあまり理由はない。必要に駆られて一時的に部屋から離れた時(呆れたことに、黄泉川は家出、と称していたが)と違って、今度は打ち止めを連れて行かなかった。ただ、何となく――離れた方が良いというジリジリとした焦燥感にやられて、気がつけばマンションの手続きをしていた。部屋を出て行く、と告げた時の、打ち止めの寂しそうな顔と大人二人の納得した顔は今でも鮮明に思い出せる。
「今日は晴れてるからどこか外に行こうよー、ってミサカはミサカはネットワークで話題になってたデートガイドをささっと用意してみたり!」
「アー、眠いからまた今度な」
打ち止めが差し出してきた雑誌を手で払う仕草をすると、一方通行はさっきまで寝転んでいたソファに身を投げ出した。本当は流石に眠気は覚めていたのだが、休日に好き好んで人ごみの中へ行くような趣味は一方通行にはない。打ち止めはむっとした顔でソファの傍に仁王立ちする。
「若者は外に出るべし!ってミサカはミサカはあなたを叱咤激励してみる」
「パンツ見えてンぞ、クソガキ」
「っっっ!!!!」
スカートを押さえるより先に蹴りが飛んでくるとは、一体誰の教育だ、と一方通行は足の裏を避けながら考える。ちなみにそうすることで視界の端に引っかかる程度だったパンツは視界いっぱいに広がったわけだが、いかにも子供なパンツを見たところでどうこう思うところなどない。だが子供であっても女らしく、打ち止めは怒りと羞恥に顔を赤くして、小さな声で呟いた。
「しゃ、謝罪と賠償を要求する!ってミサカはミサカはあなたの顔に雑誌を押し付けてみる」
「……オイ、眠いってンだろォが」
わざとらしく欠伸をしてみせると、打ち止めは思案するように眉を寄せた。それから急にパッと顔を上げるととてとてとキッチンの方へ向かう。分けが分からず一方通行が首を傾げていると、間を開けずに打ち止めがひょこっと戻ってきた。
「なンだよ?」
訝しげに一方通行が聞くと、打ち止めは後ろに回していた手を一気に一方通行の頬に寄せた。その瞬間ひんやりとした感触が肌を通して一気に神経を駆け抜ける。
「ッッ!!」
「びっくりした?ってミサカはミサカはしてやったり。これでばっちり目も覚めて外に遊びに行けるよね?ってミサカはミサカは期待に満ちた目であなたのことを見てみる」
冷えた缶コーヒーを一方通行の頬から少し離して、いたずらっぽく打ち止めが笑っていた。
「テメェ……」
「顔でダメだったら次はおなかにいっちゃいまーす!ってミサカはミサカは缶を持ったままファイティングポーズをとってみる」
シュッシュッと左右の拳を『同時に』打ち出す打ち止め。ファイティングポーズと言うよりロケットパンチなその仕草に、一方通行は深々とため息をつく。どうやら打ち止めは意地でも諦めるつもりはなさそうだ。このまま相手をしている方が疲れるだろうと判断して一方通行は立ち上がる。
「…………用意してくるからこれでも飲ンでろ」
打ち止めの手から缶コーヒーを奪い取ると、一方通行は彼女の頭の上に乗せた。


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部屋にハチミツを置いておく=打ち止めが部屋に来ることを容認する、ですよ
そのうちマグカップとか用意すれば良いと思うよ
一方さんと打ち止めが一緒の家に住んでるのも良いですが、打ち止めが一方さんの家に入り浸りも良いと思うの
微妙な距離感の通行止めも書いてて楽しいです


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