「うぅ〜、寒いよ寒いよ、ってミサカはミサカは震えてみたり」
お風呂から上がった打ち止めは、ぶるぶると頭を振った。こうすると濡れた髪から水分が良く落ちるので、とても効率的なのだけれど、なぜかヨミカワやヨシカワから怒られてしまう。
「うーん、大人の考えることって良くわからない、ってミサカはミサカは首を傾げてみたり」
呟きつつバスタオルでおざなりに体を拭くと、打ち止めは脱衣所を後にした。次に入るのは一方通行なのだが、早くしないと夕飯の時間にかぶってしまうのだ。打ち止めはぺたぺたと音をさせながら、まだあまり乾いていない足で廊下を歩く。ほどなくして、打ち止めはリビングのドアの前までたどり着いた。
「お風呂空いたよー、ってミサカはミサカはあなたを呼んでみたり」
さっきまでリビングにいた一方通行にドアの外から声をかけてみたけれど、返事がない。打ち止めは首をかしげて、二、三度同じように繰り返す。けれど、中から返ってきたのは無言、無音。
「ねーぇー、って呼びながら、ミサカはミサカはリビングに入ってみたり」
しんとしたリビングには、一見して誰もいなかった。お風呂に入るまでは、一方通行と騒いでいたのだけれど、そんな名残は微塵もない。広い空間に入ったからか、それとも誰もいないからなのか、妙に寒く感じて、打ち止めは体を奮わせた。
「部屋かな、ってミサカはミサカはぶるぶるしながら考えてみる」
バスタオルを体に巻きつけてひとまず暖を確保すると、打ち止めはリビングの中をうろうろと歩き回る――と、
「……あれ、あなたが寝落ちなんて珍しいな、ってミサカはミサカは驚いてみたり」
一方通行がソファーに寝転がっていた。どこから持ってきたのか、毛布を一枚被った状態で眠っている。
「……空色の毛布かぁ、ってミサカはミサカは感慨深くしみじみしてみたり」
もちろん、一方通行が今被っている毛布は、最初に打ち止めが服代わりにしていた、あの毛布ではない。ヨミカワの家のもので、もっと上等な、厚みをとっても柔らかさをとっても、とても似ても似つかないものだ。けれど、一方通行と空色の毛布、という組み合わせが、打ち止めに錯覚を起こさせる。

 打ち止めは思い出す。
 まだ右も左も分からなかった頃、毛布一枚だけ身に纏ってさ迷っていたあの日に出逢った少年と、あの場所。少年は打ち止めのことをずっと無視するし、無愛想だし、おまけに短気で乱暴だった。少年の部屋は荒れていて、殺風景で、ドアすら閉まらなかった。殺した相手と殺されてきた“ミサカ”。あの出会いは、『最悪』に分類したっていい筈だ。

 けれど――
 身につけるものが毛布一枚だけだったからかもしれない。
 あるいは、誰とも触れ合えなくて、人恋しかっただけかもしれない。

 それでも――確かにその場所は、暖かそうに見えたのだ。


 少し近寄ってみた。音を立てないように、そっと。覗き込んだ一方通行の顔は、いつものようなどこか怒ったような表情を浮かべていないだけで、安らかとは程遠かったけれど。僅かに上下している胸と、口から漏れる呼吸が、打ち止めを安心させる。見つめ続けていると、一方通行の眉間の皺が少し緩くなった。
(ミサカが傍にきたからかな、ってミサカはミサカは……っと、勘違いするところだったり。あ、そうか、電気が眩しかっただけなのね、ってミサカはミサカは少し残念がってみる)
一方通行の顔に、打ち止めの影が落ちている。そろり、と打ち止めは手を伸ばして――指先だけで、その頬に触れてみた。じんわりと指の先に、一方通行の体温が伝わってくる。
「あったかいなぁ……ってミサカはミサカは呟いてみる」
隣に誰もいなかった最初の数日は、寒いなんて感じたことはなかったのに。今ではもうあんな独りの日々には耐えられないのではないか、と打ち止めは思う。人の温もりというのは癖になる。一度誰かの温もりを感じてしまえば、とても離れがたくなる。
(けど……)
触れた指先には、低い体温。ヨミカワとも、ヨシカワとも違う。彼女たちはもっと温かいし、もっと柔らかい感触がする。けれど、それでも一方通行の体温の方が、打ち止めには心地良い。
 起きる様子がないので、打ち止めはもう少し大胆にぺたぺたと一方通行の顔を触ってみる。また一方通行の眉間に皺が寄った。打ち止めはそれを見て微笑む。
「あなたは、多分ミサカにとって一番温かいよ、ってミサカはミサカはそっとあなたに言ってみる」
一方通行の毛布を少し捲って、彼にぴったり寄り添うように潜り込む。普段は怒ってさせてくれないけど、一方通行が寝てるので、我侭し放題だ。子ども扱いされるのであまり嬉しくないこの体の小ささにも、こうやってすっぽりと空いたスペースに収まるので、今は感謝だった。
 もぞもぞと眠りやすい体勢になるまで動いてから、やっと落ち着くと、一方通行の呼吸が、頭のてっぺんの上から聞こえてくるのを感じる。それに、打ち止めはなんだかひどく安心した。
「おやすみなさい、ってミサカはミサカは……」
すぐに眠たくなってしまって、打ち止めは目を瞑る。視界が閉ざされると、一方通行の体温だけが傍に残った。
(ひだまりみたいなんだ、ってミサカはミサカは思い当たってみる)
 そう思うと同時に、それがいかに一方通行に似合わない言葉かを思い出して、打ち止めは苦笑する。
 けれど――多分、温かい夢を見るだろうと、打ち止めは眠りの淵で思った。


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スキンシップの段!
ひだまりは打ち止めに見せかけて一方さんでした、というロマンチックな話。
一方さんにとって打ち止めが唯一、って言うのはよく見ますが、
打ち止めにとっても一方さんが唯一、っていうのはあまり見ない気がするので書いてみました。
何か全然恋人っぽくないのはご愛嬌です。


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