一方通行の眉が見る見るうちにハの字になっていく。
(甘ェ……)
口から言葉と一緒に今食べている何かまで出てしまいそうな錯覚を受ける。フォークで口に運んだのは一口目、目分量でもまだフォークに皿と口の間をあと数往復はさせなくてはなるまい。絶望的だった。
「美味しい?ってミサカはミサカは尋ねてみる」
美味しいわけがないのは、表情から読み取って欲しいものだ。口の中で咀嚼した塊が少し固めの感触を残して、崩れていく。それが砂糖の塊だと気づいたのは舌が強烈な甘みに刺激された後だった。



 打ち止めが手を後ろに組みながら嬉しそうにこっちに近寄ってきた時から、嫌な予感はしていた。キッチンから聞こえてきたガッションガッションと言う不可解な音や、食べ物の限界に挑戦したか、というような甘い香り。それが何を示すかは明白だ。取り合えず避難の為にも缶コーヒーを買いに行こうと玄関に向かったところで、間の悪いことに一方通行は打ち止めとばったり鉢合わせてしまった。
「じゃじゃーん、ってミサカはミサカはあなたの為に作ったケーキを……って、あー、何で回れ右するのって、ミサカはミサカはあなたの体をがっちりキープしてみたり」
言うが早いか、ダイブせんばかりの勢いで、打ち止めは一方通行に抱きついてきた。腰の辺りに腕を回されて一方通行は動くに動けなくなってしまう。体が密着すると、打ち止めからも甘い香りがしてくるのが分かった。普段の彼女もどこかしら甘い匂いをさせているが、これはレベルが違う。
「なァにがケーキだ……食えるもン持ってこい、クソガキ」
ぎゅむぎゅむと打ち止めを引き剥がそうとする一方通行だが、彼女との身長差が邪魔をしてなかなか上手くいかない。下手に力を入れることも出来ず、中途半端な抵抗しか出来なかった。
「食べてないのに食べれないって決め付けるあなたの言い方はどうかと思う、ってミサカはミサカは抗議してみる」
「バァカ。その匂いで食えるわけねェだろ」
一方通行としては至極真っ当なことを言ったつもりだったが、その台詞は後ろから投げられた声にあっさりと否定される。
「試してみないとわからないじゃん」
口を出してきたのは黄泉川だ。どうやら打ち止めのケーキ作りを手伝っていたらしく、愛用のジャージのあちこちに材料のこびりついた跡が見える。さっきまで自室にこもっていた自分よりもあの甘い匂いの攻撃を受けたはずなのだが、黄泉川はそれに慣れてしまったのか何でもない様子でぽんぽんと打ち止めの頭を撫でた。
「せっかく作ったんだし、食べて損はないんじゃん」
ウィンクして同意を求める黄泉川に、こくこくと頷く打ち止め。その後ろから、いつの間にか芳川もこっちを見ていた。彼女の方は手伝いをしていなかったらしく、服は無事のようだ。ひらひらとリビングに手招きをしている姿は平然そのもので、こちらもあの甘い匂いの攻撃が通じていないらしい。
「鼻ひン曲がってンのかァ?」
一方通行はため息をついて、打ち止めから手を放した。え、と言うように不思議そうな顔で見上げてくる打ち止めを、一方通行は無視する。
「一口で良いから食べなさいな、ね?」
分かるでしょ、芳川に言外にそう言われて、渋々――本当に渋々――と、一方通行はリビングへと踵を返した。


 一口で良いから食べなさいと言われたケーキはまさに『一口で十分』なシロモノだった。
「あ、甘い……甘すぎる、ってミサカはミサカは頭を抱えてみる」
「それ見ろ」
むむむ、と一方通行と同じく、眉をハの字にした打ち止めは、黄泉川が入れた紅茶を一気に飲み干した。普段なら、砂糖やらミルクやらを混ぜまくって、甘い子供用のミルクティーにしてからでないと飲めないそれを躊躇せず口にする辺り、彼女にも耐えられない甘みだったらしい。一方通行は何となく紅茶に手を出せなかった。このケーキは、多分一旦飲み物に口をつけたら、絶対に食べきれない甘さだ。
「ご、ごめんなさい、ってミサカはミサカは素直に謝ってみたり。本当に美味しくないね、これ、ってミサカはミサカは申し訳なさ全開の顔で呟いてみる」
うぅ、と恨めしそうに、打ち止めはテーブルの真ん中に鎮座する残りのケーキを見た。こちらのダイニングテーブルでなく向こうのソファーに座っている黄泉川と芳川、それに打ち止めと一方通行で1/8ずつ食べたので、残りは半ホールほどだ。それがどれだけ絶望的な量かは、このケーキを口にしてしまった四人には分かっているはずなのだが――
「…………不味かねェだろ」
「?」
聞こえなかったのか、打ち止めは首を傾げる。
「甘すぎるだけだ」
一方通行は三度目のフォークを口に運びながら言った。相変わらず眉はハの字になったままだが、黙々と食べ続けている。その甲斐あってか、5分後には一方通行の皿は空になっていた。打ち止めはその様子をぽかんとした顔で見ていた。
「あなた実はすごーく甘いものが好きなの?、ってミサカはミサカは、っと!」
ずい、と差し出された皿に、目を白黒させる打ち止め。しばらく反応がない様子に舌打ちをして、一方通行は自分の手で皿に、残りのケーキの1/2をどさっと乗せた。
「全部食っちまってもかまわねェンだろォ?」
「……うん、ってミサカはミサカは頷いてみる」
またさっきと同じように定期的に黙々とケーキを口に運び始めた一方通行に、打ち止めは幸せそうな顔をして聞いた。
「あ、あの……美味しい?ってミサカはミサカは尋ねてみる」
「……不味かねェ」
さっきも口にした台詞をもう一度、一方通行は口にした。





「これは大失敗じゃん」
黄泉川は気の進まなさそうな顔でケーキをまた一口食べた後呟いた。ケーキ、というより、砂糖に何かそれっぽいものを少しだけ混ぜてみました、という感じだ。大量の砂糖のせいか、ところどころに焦げ目がついている。
「最初から上手くいくことなんてそうないわよ」
「うーん、何を間違えたんじゃん」
唸りながら黄泉川はダイニングテーブルの方に目をやる。二人の子供達は、いつもより静かな様子でケーキを食べていた。時々打ち止めが一方通行の方に目をやるが、一方通行はそれを無視して黙々とケーキを口に運んでいる。
「あらあら」
最後に残った1/4も自分の皿に移した一方通行を見て、芳川は呟いた。
「食べきっちゃうなんて、すごいわね」
やっとのことで最後の一欠片を口に押し込みながら、黄泉川は言う。
「まぁそれは……当たり前じゃん」
少し言葉を濁した黄泉川に、芳川は視線だけで続きを促した。
「だから、一方通行にはあれが最大限の愛情表現なんじゃん」
「あぁ……つまり、」
「与えられた好意を、そのまま受け入れること。それが、多分今出来る最大限のお返しってことじゃん」
黙々とあの甘ったるいケーキを勢いだけで食べ続ける一方通行をソファーから眺めながら、黄泉川は目を細めた。目を丸くして一方通行を見ていた打ち止めが笑ったのを見て、芳川も微笑する。
「そうね、そうかもね」
芳川が頷くのを見て、黄泉川は大きく伸びをすると後ろへ仰け反った。
「ったく、一方通行も甘えまくりじゃん。そんなの、打ち止めの方がちゃんとそのこと分かってないと成り立たない関係じゃん?」
呆れたような声音を混ぜた黄泉川が、しかし笑ったままなのを見ながら、芳川は彼女も分かっていることを呟いた。
「まぁ大丈夫よ。だってあの子達だもの」


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不味くても一方さんは打ち止めの作ったものはちゃんと食べると思うよ!
だって、インデックスさんも上条さんの作ったものはちゃんと食べるじゃないですか(違
吐血するくらいに甘いものを書こうと思ったのですが、吐血するくらい甘くなったのはケーキだけでした
でもこういうさり気ない好意のやり取りが通行止めには似合う気がします

タイトルはJANGOの曲名から。何となく可愛いイメージのある曲です



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