リビングには大声が響き渡っていた。風呂上りに飲み物でも飲もう、と部屋のドアを開けた一方通行は、げんなりとした顔で打ち止めの様子を見る。
「やぁ! とぅ!ってミサカはミサカは……ってあれ、何でそこで溝にはまっちゃうかなぁ、ってミサカはミサカはしょんぼりしおしおしてみたり……」
「…………オマエ、まだ続けてたンかよ」
「? ……って、えぇ!? もうこんな時間?ってミサカはミサカは…………………………でももう一回だけ」
 テレビ画面の中では、世界一有名な配管工が次のゲームを待っていた。


 一方通行はソファーに座ったまま、頬杖をついて打ち止めのプレイするゲームを見る。
(…………またレトロなモンやってンなァ……)
テレビ画面に繋がれているゲーム機は近頃殆ど見かけない何世代も前のもの――所謂ファミコンだった。骨董モノ、とは言わないが、特にこの学園都市では、その辺りでひょいと買えるような代物ではない。打ち止めがゲームの合間に言っていた台詞によると(ゲームに夢中になっていたせいで、聞き取るのに苦労したが)、どうやら1万人のうちの1人に借りたらしい。
 夕食前に一方通行が打ち止めを見かけた時、既に彼女はゲームに没頭していたので、食事の時間を差し引いてもかれこれ5時間以上はプレイしていることになる。
「…………ド素人」
はぁ、とため息をついて一方通行は立ち上がった。我慢して数十分画面を眺めてみたが、このままではいつまで経っても一面すら越えられそうにない。これだけ長い時間プレイしていれば少しは慣れそうなものだが、一向に打ち止めのプレイに改善の兆しが見えないのは……恐らく一方通行の気のせいではないだろう。一点に集中しがちな打ち止めは、そもそもジャンプしながら敵を避ける、というような操作が出来ないのだ。
「むむっ、ってミサカはミサカはあなたを咎めてみる。やってみると結構難しいんだよ、ってミサカはミサカは主張してみたり!」
「そォかよ」
言いつつ、一方通行は打ち止めに手を差し出した。彼女の手元のコントローラーに視線を向けると、理解したらしい打ち止めがそれを差し出してくる。一方通行は打ち止めと場所を入れ替わって、液晶の正面に陣取った。
(フーン……)
軽く飛んだり跳ねたりの動作を確かめた後、一方通行は徐にゲームを開始した。


「な、納得行かない!ってミサカはミサカは文句を言ってみたり!」
「……オイ、オマエが下手クソなのを俺のせいにしてンじゃねェよ、クソガキ」
今にも唸り声を上げそうな打ち止めに呆れつつ、一方通行はコントローラーを彼女に返す。30分ほどプレイしたところでステージを進みすぎてしまったらしく、打ち止めが抗議の声を上げたのだ。
「だ、大体そんなに静かにプレイして何が楽しいの、ってミサカはミサカは、」
「……体動いてもボタン押してなかったら意味ねェっつの」
ぼそり、と呟いた声は聞こえてしまったらしく、打ち止めは頬を膨らませた。打ち止めのプレイは明らかにゲーム音痴のそれで、画面の中のキャラクターと同化したかのように飛んだり仰け反ったり体を捻ったりを繰り返していた……もちろん、ボタンを押すタイミングは逃して。コントローラーのコードが千切れてしまうのではないか、と他人の物ながら心配になったのは、一方通行だけの秘密である。
「体動かすぐらいなら手動かせよ、手をよォ」
プレイを再開した打ち止めに後ろから声をかけると、打ち止めは相変わらず体を前後左右に動かしながら上の空で答える。
「だ、だって、自然と動いちゃ、わわっ!……だよ、ってミサカはミサカはうな垂れてみたり」
また一人の配管工が殉職したのを見て、打ち止めは肩を落とす。まぁ確かに反射のようなものだろう、と思った一方通行は、少し考えた後に言った。
「取り合えず座れ。そしたら足は少なくとも動かねェだろ」
そうか、と言わんばかりにピンと来た顔をした打ち止めはリビングの床に座り込んで、一方通行を見上げて手招きをする。打ち止めの意図が読めずに訝しく思いながらも、一方通行は打ち止めに歩み寄った。
「ピコーン!っとミサカはミサカは名案を思いついてしまったり!」
そう叫んで打ち止めが一方通行の腕を引っ張ったのは一瞬先のことだった。もう少しでリビングの床に引き倒されるところだった一方通行は打ち止めを怒鳴り付ける。
「オイ、テメェ……なンのつもりだコラ」
「二人羽織だよ!ってミサカはミサカは人差し指をあなたにつきつけてみたり!」
「あァ?」
あまりにも自信満々に言い放った打ち止めに毒気を抜かれて、一方通行は聞き返す。打ち止めはそれにすぐには答えずに、一方通行を床に座らせると、徐にその足と足の間に腰を下ろした。面食らった一方通行の方へ、打ち止めがにこにこ笑いながら振り返って言う。
「だから、あなたがミサカの後ろからこうやって指を添えてプレイしてくれれば、ミサカも一流プレイヤーの仲間入りだよ、ってミサカはミサカは孔明も真っ青な戦略を披露してみる!」
いつの間にかゲームを開始していた打ち止めは、ほら、という様子でコントローラーを握った手を一方通行に押し付けてくる。すっぽりとその体を覆えてしまうくらいに小さい打ち止めの体温は少し高く、まるで鼓動まで伝わってきそうなくらいに距離が近い。反射的に離れようとする一方通行だが、ゲームに夢中になっている打ち止めはその様子に気づかない。
(…………なンなンだ、この状態はよォ)
調子を狂わされた一方通行は画面から目を逸らして、打ち止めに話しかける。
「オイ、」
「あ、キノコが来るよっ!ってミサカはミサ……ッ!」
打ち止めの頭突きが一方通行の顎にクリーンヒットした。


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通行止めは体格差があるから、色々体位が楽しいですね(他意はない
揺れる打ち止めのアホ毛で画面が見えなくて大変な一方さん……とかいうオチも考えた
エロスになりそうでならないのはラブコメの醍醐味だと思います


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