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 それは、夏の零れた思い出。


 ゆらゆらと煙草を燻らせていると、耳元で、パァン、と大きな音がした。
「っわぁ!」
灰が落ちそうになった煙草を慌てて灰皿に置くと、月詠小萌は涙目で音の主を見上げる。恐らく手を叩いた後そのままであろう両手を合わせた状態で、姫神秋沙は悪気のない顔で小萌を見つめ返した。
「ご飯だよ。って言ってるの。聞こえなかった?」
「姫神ちゃん、先生はちょっと考え事をしていたのですよ。そういう時は容赦してほしかったのです」
気が抜けてしまったのか、ふにゃり、とテーブルに突っ伏す小萌。季節は既に夏。クーラーをつけるかつけまいか、電気代と真剣に睨めっこをするのが日課になっている時期である。
「最近。考え事多いから。気にしていると。何も進まない」
台所から両手で器を持って戻りつつ、姫神が言う。涼しそうなガラスの器に入った素麺は姫神が茹で上げたものだが、この暑さを見込んでというより、他に調理できるものがなかったから、という理由で作られた代物だ。
「……ごめんなさいなのですよー。姫神ちゃんだけに夕食の準備をさせてしまったのは、申し訳ないと思っているのです」
体を起こすと、小萌は伸ばした片手で次に運ばれてきたそうめんつゆの入った小さな器を受け取った。テーブルにそれを置こうとして、ふと煙草の火が消えていないことに気づく。
 ゆらり、と揺れるそれが――あの少年のことを思い出させる。
「な、何でもありません!」
途端に顔を真っ赤にしてぶんぶんと振る小萌に、もう一つの器を持ってきた姫神は呟いた。
「何も言ってないけど。あやしい」


 突然くしゃみをしたステイルに、ローラは言う。
「あら、噂話なりけるかしら」
「……何ですかそれは」
眉を潜めたステイルは鼻の頭を擦った。特に寒気なども感じないので、風邪などではなく多分空気中のゴミか何かのせいだろう、そう思うのだが、ローラはからかう様な口調で続ける。
「知らなかりし? 昔から、くしゃみとは誰かが自分のことを噂している時に出しもの、と評判なりけるのよ」
「……知りませんね、そんな話」
「それは勉強不足なりしよ、ステイル」
まともに取り合わないようにするステイルだが、ふふっ、とローラは含みのある声で笑った。
「ステイルも誰かに噂されしような男になりたるのね」
言いがかりだ、と主張したいステイルだが、そんなことを言ってもローラにやり込められるに決まっているので口には出さなかった。この何年生きているか分からない女性には、全く言い合いで勝てる気がしない。
「ふふ、どんな子なりけるのかしら。また小さい子だったら、ロリコンの称号を与えてくれるわ、ステイル」
「また、とは何ですか、またとは!?」
修行が足りず言い返してしまったステイルは、その後ローラに小一時間ねちねちと言い込められる羽目になるのである。

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取り合えず好きなカップリングを1つのお題で書いてみようの巻その3
ステこもは遠くで時々お互いを気にし合ってると良い
……花火じゃないのはつっこまないで!


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