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 それは、夏の儚い思い出。


「…………綺麗ですね」
その言葉に、ウィリアム=オルウェルは振り返る。それは小さな声だったが、不思議に彼のところまで響いた。少し離れたところに佇むのは、英国王室第三王女・ヴィリアン。瀟洒なドレスに身を包んだ、ともすれば消えてしまいそうな少女だった。
 二人は、そこまで近しい間柄ではない。傭兵は一所には留まらないものであるし、彼と彼女が顔を合わせる時には、大抵騎士団長も一緒にいた。元々口数の多くない二人は、これまでも数えるほどしか言葉を交わしたことがない。
「何がでしょう」
無骨に言葉を返す男に、少女は短い言葉で答える。
「パレードです」
彼女が視線を向けた先には、パレードの列が見えた。二人が立っているのは小高い丘だった。眼下、というほどではないが、それでもけして近くはないところを動いていくパレードは、何の行事のものだったか。元々そういったことには縁のないウィリアムには、良く分からない。
「戦勝のお祝いだそうです。長い戦いでしたから豪華に、と母君が」
彼の表情で察したのか、ヴィリアンは説明する。でも、やりすぎですね、と付け足した彼女は、少し目を細めて笑った。いつもどこか怯えたような表情ばかりをしていた第三王女のそんな柔らかい笑みが珍しくて、ウィリアムは少し驚く。

 夜道を流れ続ける大粒の光たちは、二人の会話がなくなってからも、途切れることなく続いた。
「…………パレードはお好きですか」
しばらくして、ウィリアムが聞いた。
「……はい」
その数少ない会話をかき消すように、ドン、と大きな音が二人の間を凪いでいく。きゃ、とバランスを崩しかけたヴィリアンの手を彼は危なげもなく引いた。空を見上げると、大輪の華――花火だった。
「す、すみません」
ウィリアムの腕に体重を預ける形になっていたヴィリアンが、慌てて彼の体から離れる。花火の光に照らされた彼女の顔は、少し赤くなっていた。
「危ないので、離れましょう。宮殿のベランダからでもご覧になれます」
そう促して先導しようとする彼の服の裾を、控えめに彼女の手が掴んだ。訝しげな表情で振り返った彼に、俯いた彼女は小さな声で呟く。
「……もう少しだけ……ここが良いです」
それは、この丘という意味か、それとも彼の傍らという意味か――告げることもなく、また問うこともなく。
 内気な王女と無口な傭兵はしばらく黙って、どちらともなく空を見上げる。

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取り合えず好きなカップリングを1つのお題で書いてみようの巻その1
ウィリヴィリはお互い控えめと言うか、1歩進んで0.8歩戻るくらいの関係だと良い


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