回れ右をしようとしたところで、先客と目が合う。驚いた顔をされたところを見ると、自分の顔を覚えていたのだろう。半ば諦めて引きつった笑みを浮かべると、訝しげな表情を返された。
「あ、あの……久しぶり?」
「そォいう仲かよ」
学園都市第一位は、呆れた顔でため息をついた。



 声をかけたところで無視するわけにもいかなかったので、浜面は一方通行の隣の席に腰掛ける。レトロな喫茶店に不似合いな、真っ白いビジュアル系の服装――それでも大人しく座ってさえ居れば、何処か憂鬱そうな表情の第一位は静かな店内に溶け込んでいた。彼の前に置かれている飲みかけのコーヒーを見ると、中身は半分くらいに減っている。反対側の席は空席――誰もいないようだった。
「独りできたのか?」
世間話程度に話を切り出すと、第一位は、あァ、と短く答えた。素っ気ない物言いではあるが、彼が元々必要なこと以外そんなに口に出す性格ではなさそうなことくらいは、流石に何となく分かる。コーヒーを短く啜った第一位は席を立つ雰囲気もなく、ただカップを静かに揺らしていた。
(……そうか、)
どうやらこちらの質問に答えるくらいには、第一位は自分に気を許しているらしい。何となくそれが嬉しくて、浜面は言葉を重ねる。
「良く来るのか?」
彼が良くこういった処に出入りしているのか、浜面には全く検討がつかない。何度か意図せず死線をくぐり抜けたこともある仲だが、逆に言えばこんな風に何でもない日常で顔を合わせたことはない。
「いや、来ねェな」
短く返した第一位は、そっちはどうなんだ、と言う視線を向けてきた。
「俺もあんまり来ないな……普段はツレが多いし、アイツら騒ぐから」
最近は恋人の滝壺だけでなく、麦野や元スキルアウトのメンバーとも交流がある。顔を合わせれば自然一緒に行動することも多く、気づけば大人数になってることもザラだった。集まる面子が多ければ、騒がしくなる。時々引率の先生状態を味わうこともある浜面だ。
「そォか」
この話題をこれ以上続ける気もないらしく、第一位はまたコーヒーを一口含んだ。浜面は何となく気になって聞く。
「ツレは?」
「……最近あのクソガキとは距離置いてるンでな」
「? ガキ……? ……あぁ、」
ロシアで出会った第一位が連れていた小さな子供のことを思い出す。ツレ、と言われて第一位が思い出したのはどうやらあの子らしい。チッと第一位が舌打ちする音が聞こえた。あからさまな、しまった、という態度は第一位の弱点がその子であることを示していた。弱点になるということは――触れてほしくないということは、それだけあの子が第一位にとって大切だということだ。
「何で距離なんか置、」
言いかけたところで、第一位が静かに席を立つ。触れてはいけないことに触れてしまったのか、と浜面はビクリと体を震わせたが、第一位はそんな浜面を無視して店の端へ歩いて行く。様子を眺めているとどうやらケータイに電話がかかってきたらしく、ニ、三言話して電話を切った第一位は再び浜面の隣に腰を下ろした。
「あの子か?」
「……別件だ」
端的に答えた第一位はコーヒーを飲み干した。これ以上話をする気はない、というあからさまな態度は、さっきの話題が第一位にとって地雷であったことを示している。掴みどころのない男だな、と浜面は思った。何事に対しても計算を立てるような薄暗い周到さもあれば、こうやってあからさまに態度を示す子供っぽさもある。聖人のようなストイックさを見せることもあれば、酷く乱暴な物言いをするところもある。
 浜面が何も言えずにいると、ふと唇の端に笑みを浮かべた第一位はこちらを振り返った。
「……オマエ、」
言葉を切って――彼は正面から浜面を見た。

「人を、殺したことがあるか?」
答えられなかった。それは純粋な問いではなく――自分は殺したことがある、という宣言だった。

 何となく、察してはいた。彼は駒場を討っただけではなくきっと他にも何人もの人間を手にかけてきたのだろう。同じ死地を踏んだから分かる、圧倒的な経験の差。お尋ね者だったとは言え無能力者の自分と学園都市に君臨する第一位の間では、向けられる攻撃だって段違い――比較対象にすらならないはずだ。
 そんな中で彼が採れるのは立ちはだかる人間を殺して前へ進むことだけだったのだろう――何かを踏みにじってでも、生き残りたかったのなら。

「……分かンだろ」
伝票の上に明らかにコーヒー代よりも額の大きい札を重ねて、第一位は呟くように小さく続けた。守りてェンだ、と。

 それはいつか滝壺に言われたことに似ていた。"あなたを、守ってみせる"――けれどそうやって守られるだけの側でいることの辛さを、浜面は既に知っている。浜面は拳を僅かに握って、第一位を見る。彼の決め付ける態度は酷くもどかしくて、少しだけ腹が立った。

 そうして何を踏みにじってでも生きていたかったのならば。彼が今生きていることこそが――彼女への感情の証明なのに。

「分かるよ、けどさ……それを逃げに使うのは、何か違うんじゃねぇの?」
気がつくと、口を滑らせていた。
 席を立ちかけた第一位は動きを止める。浜面は畳み掛けるように問う。
「ちゃんと、あの子に向き合ってるのか?」
「抜かせ」
強引に話を打ち切った第一位はそのまま踵を返す。答えになっていないその言葉は、彼の背と共に消えてしまった。


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喫茶店で出会うはーまづらぁともやし
…ありえない妄想をしたつもりが、もしかしたら新訳2巻でやるかもしれないよね…
抵触したら下げます(;´Д`)<日常回楽しみハスハス…


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