『無事だ』と。
 ただそれだけのことが伝えられれば良いのだ。


 一瞬、理解できなかった。服が赤く染まっていくのが、自分の血によってだということが。
(ア、)
撃たれた、と気づいたのは手が止まってしまったからだ。視覚に鈍い赤が入り込み、ジワジワと広がっていく。痛みよりも意識の混濁でその事実を認識する。
「……っ、」
何か喋ろうとしても喉に血が絡まって上手くいかない。掠れかけた呼吸が唇の間からヒュウヒュウと音を鳴らしている。壁に叩きつけられたはずなのに、激痛が走るどころか、体が熱くなっているだけだ。
「ま、さか……」
呟くように言うと、アッサリとライフルの照準が合わされた。不覚――そう思った時には、戦場では遅い、遅いのだ。
 引き金にかかる指の動きに、一方通行は目を見開く。



「それ」
番外個体が服を指さしながら背中を叩いてくる。本来気を許した相手に取るであろうその行動は、恐らくそういった意味合いが篭められているわけでなく、体のどこかを痛めつけているであろう自分に対する嫌がらせだろう。
「派手に見える割にダメージ少ないのかにゃー? それとも強がり?」
正直な話、無理矢理体を動かしている状態で傷はまだ痛むのだが一方通行はそれを顔に出さない。これくらいの傷にはもう慣れてしまったのもあるし、痛みに一々顔を顰めていては相手に弱点を晒しているようなものだからだ。
「死ぬときゃ死ぬ、そンだけのことだろ」
そう、自分で言ったところで。

 ――フラッシュバックする、銃口。
 死にはしなかった――だがそれがどうしたというのだろう。
 たまたまの、幸運に過ぎないのに。

「まーた、第一位は強がる、ね……?」
急に携帯電話を取り出した一方通行に、番外個体は訝しげな顔で首を傾げる。端末を操作しながら一方通行は言う。
「無事だって打っときゃ、あのガキも安心すンだろ」
銃口を向けられたあの時。死を予感した一瞬。頭に浮かんだのはあの子供のことだった。悲しむだろうか、泣くだろうか、と。何としてでも生き残るために足掻くべき刹那に、そう考えてしまった。自分の体はきっと、死んでも彼女の元に届くことはないだろう。実験され解剖され、最後には粉々になって欠片一つ残らないに違いない。
 ならばそれは――好都合だ。

 『無事だ』と。
 ただそれだけのことが伝えられれば良いのだ。

 『そのうち帰る』と。
 そう打つだけで彼女はいつまでも待ち続けるだろう。自分が死んだ事実を知ることなく。

(チッ……)
心の中で舌打ちをする。それがどれだけ残酷で身勝手なことか分かっている。彼女の心はずっとどこか欠けて囚われたままになる。それが泣きわめくことよりも良いことだとは到底思えない。

 ――それでも、
 自分を忘れて欲しくないという、我侭。

「止めとけば、そういう死亡フラグ」
番外個体の声で我に返る。目の前の携帯電話のディスプレイには、何の文字も打ち込めていない。視界が少しだけ揺らいでいて、悟る。指は僅かに震えていた。

 怖いのだ。自分は確かに怖い。彼女を残して死ぬことが、怖い。
 あぁ、それならば――

 一方通行は立ち上がって携帯電話をポケットに捻じ込む。震えていた指を握り込み、恐怖を一蹴するように告げる。
「そォだな……顔見せりゃ済む話だ」
番外個体は少し驚いた顔をした後、肩を竦めた。目の前の白い砂浜を見て、あぁアツイね、と呆れたように呟くのを、一方通行は無視する。

 僅かに聞こえてきたのは聞き慣れたクソッタレな蹂躙の音だ。その方向を見ると、彼女と同じ顔をした少女達も揃ってこちらを見ていた。
 バランスの悪い砂からコンクリートの上へ。一方通行は歩を進める。

 ならば――死ななければ良い、と。
 そう、固い決意を秘めて。


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新約3巻読んで打ち止めが出て来なかったことに業を煮やしたんですが、
最初の空港の辺りでもやしが色々考えてただけで色々! 脳内で! 補完した!
公式と齟齬ができたら削除しますのでお許し下さいませ…


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