「ホールドアップ!ってミサカは宣言する」
腰の辺りの違和感が覚醒を促していた。次に感じたのは、ピタリと首に張り付く感触。暑いはずの室内で冷え冷えとした殺気を放つのは大振りのナイフだ。目を覚ました一方通行の視界に飛び込んできたのは、舌なめずりをしながら自分に跨る、醜悪にすら見えるほどの歪んだ笑顔を晒したミサカ――番外個体の姿だった。瞬きを繰り返した一方通行の耳朶を、番外個体の苛立ち混じりの声が打つ。
「なに? 夢でも見てると思ってるの? でも残念ながら、これは現実、ってミサカはあなたに思い知らせてあげる!」
体の反応が、脳の反応よりも早かった。上半身を捻って体を動かした次の瞬間、さっきまで一方通行が頭を置いていた枕にナイフが――刺さっていない。
「はーずれ♪ こっちでしたっと!」
「ッ!!」
頬を灼熱が駆け抜ける。切り裂かれた皮膚の痛みが、一方通行に事態を告げていた――これは、現実だ、と。
 薄暗い部屋の中、唐突に現れた少女は以前と全く同じ白いボディースーツを纏っていた。あの子供と同じ面影が残る顔が目に入った瞬間に様々なシーンがフラッシュバックする。最初の実験と、ロシアでの戦闘。無表情の少女と、憎悪に満ちた表情の少女。指に残る、そのどちらをも引き裂いた感触。心の隅に染み込んだままだった暗い感情がそろそろと動き出す。
(……………………あァ)
心の中で吐き出したため息さえ、気が遠くなるほどの重たさだった。

 何の反応も示さなくなった一方通行に馬乗りになったまま、番外個体は詰らなさそうに真っ赤な舌でナイフを一舐めした。
「ハハッ、鈍ったもんだね、第一位。ミサカを殴って切り裂いて………………ダメにしたあなたは一体どこに行っちゃったの?」
ほんの少しだけ番外個体の顔に浮かんだ生々しい感情が何なのか、一方通行には分からなかった。かつて見せた憎悪に塗れた顔とはまた違う、どこか熱を持ったような表情は、どのミサカからも向けられたことのないものだ。だが、番外個体は自らその熱を振り払うように首を振ると、つつつ、と指を一方通行の胸元に滑らせた。
「…………な、」
踊るような軽快な動作で手にしたナイフを操ると、番外個体は一方通行の服に切れ目を入れる。鳩尾まで一気に裂かれた服を他人事のように呆然と眺めていると、一切の躊躇いのない態度で番外個体が指先をピタリと自分の胸元に当てるのが見えた。
「心臓って、実際は真ん中にあるんでしょ」
そっと囁くように番外個体が言う。番外個体は一方通行に触れている手と違う手にナイフを持っているはずなのに、心臓に触れそうな指先の方に意識が集中してしまう。金縛りに遭ったかのように体が動かない。番外個体の指の下に薄皮一枚隔てて音を立てる心臓があることに、一方通行は皮膚が粟立つのを感じた。
 見下ろしてくる番外個体の瞳に浮かぶのは透明な感情で、どこまでも読めない。本来なら憎悪に染まっているはずの番外個体の目には何も映っていない。
「まぁ、動じないだろうとは思ってたけど?」
ふっと口の端を緩めると、始めた時と同じくらいにあっさりとした様子で、番外個体は指先で一方通行の肌を引っかく。そのまま指を離すと、ほんの少しだけ指先についた血を眺めて番外個体はにやりと笑った。引っかかれた箇所からうっすらと赤色が浮かんでくる。怪我とすら言えないほどの小さな傷なのに、それは全身を侵すかのように緩やかな熱を広げていく。まるで意識が全て心臓になったかのような圧倒的な鼓動が一方通行の体中を支配していた。
「頚動脈を切ろうとしたって、心臓を貫こうとしたって、あなたの場合即死しない、殺せない……だからそんな無駄なことはしないよ。ミサカが握ってるのは……こ・れ」
いつの間にか、番外個体のナイフはチョーカーの導線を捉えていた。それを見た瞬間、一方通行の顔に焦りが浮かぶ。チョーカーのスイッチに伸ばそうとした手は呆気なく番外個体に阻まれ、華奢な少女の片手で枕に縫いとめられた。一方通行のもう片方の手は、馬乗りになっている番外個体の足で固定されてしまっている。
「これは、数年先の悪夢よ。あの子は学び、成長し、経験する――そして、感情を知る」
キリキリと番外個体の手の中のナイフが、チョーカーの導線に食い込んでいく。目の前の少女とここに居ない子供がどんどん重なっていく。
「その時、あの子は――あなたに刃を向けずに居られるのかしらね?」
自分が超能力をなくした象徴であるはずのそれが、あの子供と自分を結ぶ細い細い糸が
 ――プツリと、途切れる音を聞いた。

「大嫌い、死んじゃえ」

 その言葉を一方通行が理解できなかったのは演算能力が切れたからか、それとも彼の心がその言葉を理解することを拒否したからか。見開いたままの焦点の合わない目で、一方通行はそれでも番外個体を見上げる。震える唇は意味不明の呪詛めいた唸り声しか漏らさず、組み敷いた体もまたガタガタと震えている。そんな憐れさすら誘う一方通行を、番外個体は冷淡に見下ろしていた。
「………………バカじゃないの」
酷く苛立った声で、番外個体は呟いた。それが何故なのか自分でも分からない。予定通り第一位の心をグシャグシャのスプラッタにしてやったと言うのに、ちっとも気は晴れなかった。

 唇の動きが出鱈目でも、視線がブレていても、番外個体には彼が誰を見ているのか分かる。
 誰に謝ろうとしているのかも、誰に許しを請うているのかも。

 ――だって自分は、彼だけのために作られたのだ。

「……バッカじゃないの」
呟きと共に、こくり、と指先についた一方通行の血を舐め取って嚥下する。その血の味を酷く苦く感じて、番外個体は我知らず目の端を歪めた。


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番外個体による一方さん逆レイプ(未遂)を書きたかっただけであった。。。
これで通行止めと言い張るのは無理があるなぁ、と思わなくもない。ベースは番外個体→通行止め、かな
導線切ったからってチョーカーが即行でイカレてしまうのかは正直謎であります
最後に……タイトルは正直語感だけでつけちゃってるので、実際の対話篇はこんなものではないはずですよ、と。すいません


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