一言で言うと、酷い有様だった。ひっくり返ったボウル、床に転がった泡だて器、テーブルに散乱した小麦粉。火が消してあるのだけが救いだが、この様子だと偶然水がかかって消えてしまったというのがオチだろう。
『良いって言うまで、ぜ〜〜〜ったい! 開けちゃダメなんだからね!ってミサカはミサカはあなたに念を押してみる!』
そう言って打ち止めがキッチンに消えたのはもうかれこれ5時間も前だ。何をしているのか悟られないために出入りを禁止したのだろうが、漂ってくる甘い匂いやそもそもエプロン姿だった辺りで、打ち止めが何をしたいのかはもうバレバレだった。
(……バーカ)
入るなとは言われていたが、もう夕飯時も大分過ぎて一方通行の空腹も限界だった。いつの間にか静かになっていたキッチンに、もう良いだろうと足を踏み入れてみれば、冷蔵庫までたどり着くのも難しいこの状態だ。
(終わったのかァ?)
少なくとも片付けは済んでいないであろうキッチンを見回してみたが、『それらしいモノ』は見当たらない。作ってる途中で力尽きてしまったのかもしれない。人の気配がする方へ歩いていくと、視界の端にテーブルに突っ伏している打ち止めが見えた。エプロンどころか服の所々にすら飛んでしまっているチョコレートが、彼女の挑戦がけして上手く行かなかったことを示している。
 そこで、一方通行は打ち止めの手にビンが握られていることに気づいた。
(オイオイ……)
まさかと思ってラベルを確かめてみると――確かにWhiskeyの文字。大方ウイスキーボンボンでも作ろうとしたのだろうが、どうなってしまったのかは想像に難くない。よくよく見てみれば、打ち止めの体は熱を秘めたように赤くなっている。一方通行は取り合えず彼女の手からウイスキーを取り上げた。すると、手が重みを失ったのに気づいたのか、打ち止めが瞬きをして目を覚ます。
「ふえぇっ、あくせやれーたー?」
訂正、目を覚ましてはいない。いつもはマシンガントークと言っていいほど喋りにキレのある打ち止めだが、今の口調は妙にゆっくりで、おまけに呂律が回っていなかった。間延びした声は、打ち止めが明らかに酔っていることを示している。はぁ、とため息をついて視線を外した一方通行は頭をかいた。取り合えず酔いが覚めるまで放っておくしかなさそうだ。一方通行は水でも持って来ようと踵を返す。だが、その服の裾を打ち止めは思いっきり掴んで引き止めた。
「オイ、」
文句を言おうとした一方通行だが、振り向いた途端に目の据わった打ち止めに睨まれて一瞬怯んでしまう。打ち止めは完全に酔っ払っているのか、いつもよりも数倍強い力加減で一方通行の体をぽかぽかと殴りつけた。
「あーあー、なではいっれきてゆの、ってみしゃかはみしゃかは、」
「ウルセェ、腹減ってたンだよ」
打ち止めの大声に舌打ちをしながら、一方通行は話を切ろうと多少強めの口調で言う。だが、打ち止めは全く意に介さない。
「らからー、はいっれきちゃだめってみしゃかはいったよね、ってみしゃかはみしゃかはーっ」
「アーアーアー、近所迷惑になンだろォが、黙れ!」
打ち止めを引き剥がそうと躍起になる一方通行だが、思ったより打ち止めの力は強く、なかなか離れない。おかげでズルズルと水道のところまで引きずる羽目になってしまった。コップに水を注いでいる間も、打ち止めの大声は止まない。
「だいたいー、あなたはいっっっつもでりかしーがたりてにゃくて、みしゃかのことてきとぉにあしりゃってて、ほんとぉにみしゃかのことどぉおもって、」
「オイ、飲め」
「しーらーあーいー!」
だらだらと言いたいことを言いっ放しの打ち止めに水の入ったコップを差し出してみるが、勝手に機嫌を損ねてしまったらしい彼女はぷいっと顔を逸らして受け取ろうとしない。本日二度目のため息を漏らした後、一方通行は徐にコップの水を口に含んで、ぐいっと打ち止めの顔を引き寄せた。
「ふぁっ!?」
視界いっぱいに打ち止めの驚いた顔が映る。その表情に、ザマアミロと大人気なく思いながら触れている彼女の唇を吸った。彼女の手が、掴むものを求めるように彷徨う。その指に服を掴まれる前に、一方通行は固まったまま開いている打ち止めの口に水と唾液を流し込んだ。
「んっ、」
拒むように怯んだ打ち止めの舌を追いかけて、その咥内に侵入する。口の中を舌でかき回してやると、僅かな苦味がした。どうやら結構飲んでいたらしい。ウイスキーの鼻に抜けるような味わいが舌に伝わってくる。もう少し水で薄める必要がありそうだ、と一方通行は唇を離した。
「……………………っ、」
体に回していた腕を解くと、打ち止めはぺたん、と床にしりもちをつく。コップに水を継ぎ足しながら何気なく見下ろすと、彼女は指で唇を押さえたまま固まっていた。耳まで赤くなっているのは、もう酒のせいではないだろう。そう言えばディープキスをしたのは初めてだったことを、一方通行は今更ながら思い出す。
(……ガキにやっちまったかァ)
軽い挨拶程度のキスはせがまれればしてやっていたが、何ら性的な匂いのしない普段のキスとさっきのキスとでは天と地ほどの差があったに違いない。
「オイ、もう自分で飲めンだろ」
どことなく居心地の悪い思いで目を逸らしながら、一方通行は水を足したコップを打ち止めへ差し出した。だが、打ち止めは俯いたままぽつりと呟く。
「…………のめない……」
「あのなァ、」
「だから、もいっかいして?ってミサカはミサカはあなたにおねだりしてみる」
見上げてくる打ち止めの瞳は、熱に浮かされたように潤んでいた。何の冗談、と思ったが、打ち止めはそのまま目を閉じてしまう。数秒経っても十数秒経っても、打ち止めは全く瞼を上げようとしない。ただ、ずっと顔を上向かせて待っている。
 しゃがみ込んで誘われるように口付けると、ふわりと応えるように打ち止めの唇が開いた。口の中に含んだ水は、すぐにその喉の奥へ消えていく。何度かに分けて水を飲ませるが、彼女の唇も舌も体も一方通行から離れようとしない。一度目よりも二度目、二度目よりも三度目。水を受け渡すよりも、唾液を交換する時間の方が長くなる。
「……もいっかい」
「もう水ねェっての」
「うん、」
頷いて、打ち止めはキスをせがむ。頭の後ろに回された腕を拒まずに、一方通行はそっと手に持っていたコップを床に転がした。もう、これは必要ない。その代わり、両手で打ち止めを抱き寄せる。

 ひっくり返ったボウル、床に転がった泡だて器、テーブルに散乱した小麦粉――それに転がったコップ。まったく酷い有様だ。けれど、片付けはまた後でやればいい。


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バレンタインだから微エロ頑張った
やってることはそこそこエロくなるようにしたつもりですが、肝心の! 描写が! エロくない!
あと通行止め頑張って書きすぎたら他のカプ書かなくても満足してしまった! ごめん!
ちなみにweb拍手でオチ書いてますけど期待はずれでごめんなさい、と先に謝っておきますね!


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