「いたっ、ってミサカはミサカは唇に手を当ててみる」
「あァ?」
振り返ると、ほら、と言わんばかりに差し出された指先には少しだけ血が付いていた。打ち止めの顔に視線を移すと、唇が僅かに赤くなっている。どうやら切ってしまったらしい。
「そういや寒くなってンな」
外気は確かに乾燥していて、時折吹く風も木枯らしと言って良い冷たさだ。足がたまに踏みつける葉も、カサカサと音を立てるくらいに乾いている。そろそろ乾燥で唇が切れてしまう時期なのかもしれない。
 一方通行は人通りの少ない道を歩いていた。玄関先で捕まったので、打ち止めもついて来ている。家を出たのはまだ夕方と言って良い時間帯だったが、日が暮れるのが早くなっているらしく、少し歩いた今ではもう夕闇が降り始めていた。
「むむっ、あなた冷血動物?ってミサカはミサカはあなたの寒さへの鈍感さにびっくりしてみたり」
「人のことを変温動物扱いしてンじゃねェよ、クソガキ」
小走りに近づいてきて許可を出したわけでもないのに手を繋いでくる打ち止めの体温は高い。これだけ温かい体をしていれば、外のこの寒さは堪えるのかもしれない、と一方通行は思う。
「うわっ、冷たい!ってミサカはミサカはあなたの(手の)冷たさを再確認してみたり!」
「含みのある言い方だなァ、テメェ」
大げさに言う打ち止めにそう返しつつ、一方通行は吹く風に首を竦めた。一度それと認識してしまえば、確かに気温は低く、肌寒く感じられる。ちょっとそこのコンビニまで、という軽い気持ちだったので、一方通行も打ち止めも防寒着らしい防寒着を着て来ていない。
「寒い、寒いよ!ってミサカはミサカは震えてみたり」
「騒いでも温まらねェよ。無駄にカロリー消費すンな、ちったァ我慢しろ」
言い合いながら、二人は揃って早足になった。


 ようやくたどり着いたコンビニの空調は暖かく、店内の飾り付けや商品の並びはもう冬模様になっていた。
「わー、あったかーい、ってミサカはミサカは上機嫌! むむっ、お菓子発見!ってミサカはミサカはレッツゴー!」
「食いモンは1000円以内にしとけ、食い切れねェだろ、オマエ」
一方通行はお菓子のある棚の方へ走っていく打ち止めの背中に声を掛ける。以前言われるままにお菓子やらジュースやら何やらを全て買い込んだ結果、見事に無駄にしてしまったのを思い出したのだ。打ち止めからの返事はなかったが、どうせまとめて買うのだから、最後に買うものと買わないものを適当に選べば良いだろう、と一方通行は考える。金は腐るほどあるので別に困りはしないが、食べすぎで気持ち悪くなった子供を介抱するのは二度と御免だった。
 一方通行は入り口からそのまま突き当りまで進み、並んでいる新製品の缶コーヒーを物色し始めた。1分ほど悩んでから、あれこれ考えるのが馬鹿らしくなって、出ている新製品を全部まとめて買い物カゴに放り込む。そのまま他の飲み物を見ようか、と歩き始めたところで、買い物カゴに更に何かが入れられる音がした。
「オイ、断ってから入れろ、クソガキ」
いつの間にか戻ってきていた打ち止めに言って、一方通行はカゴの中を見る。だが、さっきと様子は変わらない。一見して、缶コーヒーが無造作に放り込まれているだけだ。
「? オマエ、何入れたンだよ」
訝しく思って聞くと、打ち止めは買い物カゴに手を突っ込んで何かを探し始めた。やがて、缶と缶のの隙間に入っていたらしい何かを打ち止めは引っ張り出す。
「これ、ってミサカはミサカはあなたに見せてみる」
「あァ?」
「口切れてて痛いから、ってミサカはミサカは言い訳してみる」
打ち止めが手にしていたのはリップクリームだった。中高生向きなのか、良く分からないファンシーなキャラクターからひょろっとした吹き出しが出ていて、『オススメ!』などと主張している。色はチェリーピンク、無難は無難なのだろうが、パッケージの色合いからは少し派手そうな印象も受ける。と言うか、目の前のこんな小さな子供が仮にも化粧のようなものをする姿が想像できない。
「……だ、だめ?ってミサカはミサカは上目遣いしてみたり」
「…………」
「や、薬用って書いてあるし、ってミサカはミサカは主張してみる」
「…………入れとけ」
深く考えてしまっているのがそもそも間違いな気がした一方通行は、打ち止めの方に買い物カゴを突き出して、リップクリームを戻すように促した。


 帰りに立ち寄った公園で、打ち止めは早速リップクリームのパッケージを開けていた。切れた唇が痛い、というよりは単に待ちきれなかっただけだろう。そのままベンチに座って打ち止めがごそごそと作業を始めたので、一方通行は仕方なく缶コーヒーを飲み始めることにする。適当に選んだ1本目は一口飲んですぐ失敗と分かる甘さだった。体が温まるから良いものの、そうでなければ即ゴミ箱行きのレベルだ。仕方がないので、少しずつ飲み進める。半分くらい飲み終えたところで、作業が終わったらしく、ベンチから立ち上がった打ち止めが一方通行を見上げてきた。
「どうかなどうかな、ってミサカはミサカはあなたに感想を求めてみたり」
「唇1.5倍になってンぞ」
鏡無しでは上手く塗れなかったらしく、打ち止めの口元はリップクリームのピンクでやたらと強調されているように見えた。右側は比較的綺麗に象られているが、左側は明らかに唇からはみ出していて目も当てられない。一方通行は手を伸ばして打ち止めの口元を拭う。
「は、はみ出てた?ってミサカはミサカは聞いてみる」
「盛大にな」
言って、一方通行は打ち止めに手を差し出した。何、という表情の打ち止めの手元に視線を移して、事情を察した彼女からリップを受け取る。そのままベンチに打ち止めを再度座らせると、一方通行は彼女を見下ろして言った。
「口開けろ」
「? どうして、ってミサカはミサカは疑問に思ってみたり」
「閉じたままだと塗りにくいだろォが」
切れていた箇所は、確か唇の少し内側の方だったはずだ。打ち止めの顎に指を添えて上向かせると、一方通行は彼女の素直に緩く開かれた唇に薄くスティックを走らせる。
「こンなモンだろ」
満遍なく塗り終わったところで、一方通行は打ち止めの顎から手を離した。その扱いが少しぞんざいになってしまったのは、リップクリームの先に感じた打ち止めの唇が思ったより柔らかくて驚いたせいかもしれない。
(…………ガキの癖によォ)
何とも言えない気持ちのまま杖を持ち直そうとしたところで、袖に少しリップクリームがついてしまっているのに気づいた一方通行は舌打ちした。こういう汚れは割と落ちにくい。試しに少し擦ってみたが無駄だった。打ち止めの唇に乗っている時はそうと思わなかったのに、服に踊ったピンクは随分と鮮やかだ。
「…………派手な色だなァ、オイ」
一方通行は呟いた。


-------------------------------------------
あ、ありのままに起こったことを話すぜ……?
リアル生活で唇を切ってから5分後には構想が出来ていた
何を言ってるのか分からないと思うが(ry
大人の妄想力トレーニングもここにきわまった感じですね……!


inserted by FC2 system