暗い部屋だった。カーテンから僅かに明かりが注してはいるが、外の天気が良くないらしくその光量は微々たるものだ。殺風景な部屋の中には、少しの荷物と昼に食べた食事のゴミ、それに薄い毛布が一枚きり。思わぬ逃亡生活だったので、持ち込んだものなど多くはない。隠れ家は二人には広すぎ、深々とした寒さが漂っていた。
「ぶぁっっくしょん……!!」
盛大にくしゃみをしたところで、滝壺が心配そうにこっちを覗き込んできた。その無造作な仕草は信頼する人間にだけ許すであろうもので、彼女は一足飛びに浜面のテリトリーに踏み込んでくる。詰められた距離は思ったより近くて、浜面は思わず身を引いた。
 理由は二つ。一つ目は、風邪を移すといけないから。もう一つは――心拍数が上がるから。
「はまづら、かぜ?」
声音が曇っているのは、浜面の体調を慮ってか、それとも身を引いたのに傷ついてか。浜面は顔の前でぶんぶん手を振りながら、慌てて言う。確かにさっきから寒気がしているが、かといってそれを悟られるわけにはいかない。
「いや、全然風邪とかじゃないから! ほ、ほら、アレだよ、何か空気中のほこりが……っくしゅ!」
台詞は途中までしか続かない。むずむずした鼻は止まらず、そのまま二、三度くしゃみを繰り返す。その度に滝壺の表情が曇っていくのが見えた。
(……マズイな、こんなはずじゃなかったんだけど)
言い訳を口にしようとした浜面は、しかしズルズルと鳴る鼻を止めることが出来ない。喋らなければ、次に滝壺が取る行動など分かりきったものなのに。
 案の定、少し顔を顰めた滝壺は、上着を着込んで立ち上がる。
「薬、買ってくる」
「滝壺、」
「薬屋さん、あったはずだから。すぐ帰ってくるから、心配しないで」
浜面を安心させるためか、滝壺は表情を和らげて笑ってみせる。だがどこか儚く見えるその表情が、返って浜面を不安にさせた。滝壺も本調子ではない。万が一、外で敵に見つかってしまえば逃げられないかもしれない。

『大丈夫。私は大能力者だから、無能力者のはまづらを、きっと守ってみせる』
 背を向けられた一瞬、胸を抉られるような記憶が――

「……はまづら……?」
気がつくと、浜面は滝壺の手を掴んでいた。離して、と言うように咎める目つきをする滝壺に、浜面は畳み掛けるように言う。
「平気だから! 寝てれば治るから!」
「でも、」
「っていうか、滝壺の方が大事だから!」
「はまづら、」
「っていうか、薬なんかより滝壺がいてく、れ……れば、」
台詞は途中から急速に萎んでいき、最後の方にはごにょごにょ言うだけになってしまう。自分が口走った恥ずかしい内容と、それに反応したかのような滝壺の真っ赤になった顔が今更ながら意識されて、浜面も真っ赤になって俯いた。中途半端に手を繋いだまま、二人は固まってしまう。
「…………明日、」
「え?」
「明日、よくなってなかったら……薬屋さん、行くから」
しばらくしてから、ぽつり、と滝壺が言う。顔を上げた浜面は、真正面に滝壺の胸元を見た。それと同時に、額に温かい感触がする。
「それと、はまづらが治るように、おまじない」
そっと離れた滝壺が、そう言って笑った。


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公式公認でちゅーまでしている二人なんだからいくらでもイチャイチャして大丈夫!
一応ロシア逃亡中の二人設定だったり
ほぼ着の身着のままで出て行ったから風邪引きイベントスルーなんて! ありえない!


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