鳴り掛けた火災警報器を慌てて止めた一方通行は、チッと舌打ちをした。キッチンは、一言で言えば『何故こうなった』な惨状に成り果てている。まさかたかが菓子作りでこんなことになるとは思ってもみなかった。あちこちに煤がつき、黒焦げになった何かがそこらに散乱したキッチンには異臭と言って差し支えのない匂いが漂っている。思わず咳き込んだ一方通行は、鼻と口を手で覆った。
(オイオイ、あのクソガキのこと笑えねェぞこりゃ)
取り合えず片付けはするとしても、消し炭と化したものをプレゼントだと言ってほいほい渡すわけにはいかない。と言うか、そもそもどこまでが作ったものでどこまでが道具なのか、それすらも分からない。全部粗方ゴミとして処分するしかないだろう。一方通行は時計を見る。時刻は16時――作業に入ってから3時間が経過している。他の同居人たちは後1時間もすれば戻ってくるだろう。片付けだけは何とかなるだろうが、やり直すのは到底無理だ。
(……仕方ねェ)
ゴミ袋を引っ張り出しながら、一方通行はガシガシと頭をかいた。大体、ホワイトデーなどという菓子会社の策略に一方通行ともあろうものがまともに乗ろうとしていたのがそもそも間違いだったのだ。似合わなさ過ぎるし、平和ボケにも程がある――だけれど。
 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ。哀しそうな子供の顔を想像してしまった。


「打ち止め、それどうしたじゃん?」
「ふふふん、羨ましがってもヨミカワにはあげないよー、ってミサカはミサカはあのひとからの贈り物をぎゅっと抱きしめてみたり♪」
『……そのゲコ太ぬいぐるみの首の部分にこれ以上負担をかけるのは得策とは思えません、とミサカ10032号は全ミサカを代表して上司に進言しま……あぁ、ゲコ太が苦しそうです、とミサカ10032号は実況に耐えません!』
一方通行は少し離れたところで缶コーヒーを飲みながら、リビングではしゃぐ打ち止めを眺めていた。と、隣の椅子に座った芳川が話しかけてくる。
「飴でもクッキーでもマシュマロでもない、か……キミ、上手いこと逃げたわね」
「……ナニがだよ?」
苦笑される意味が分からず、一方通行は聞き返す。だが、芳川は笑ったまま答えなかった。

 ホワイトデーに返事としてぬいぐるみを返す――それに、飴やクッキー、マシュマロみたいに決まった意味はないらしい。



【candy disco/End 2】


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