「良い子にしてるのよ?」
「また明日来るじゃん」
そう、大人たち二人が言い残して去っていったのは、ほんの数十分前なのに、どうして随分前のことに感じるのだろう。打ち止めはごろごろとベッドの上を転がった。病院のシーツは清潔さには気を遣っているのだろうが、どこか余所余所しい匂いで、あまり好きになれそうにない。
「たーいーくーつー、ってミサカはミサカは枕に顔を埋めてみたり」
本当は、退屈なのではない。けれど、感じてはいるその感情を、打ち止めは口にしなかった。言葉にしたら、今はふわふわしたその感情が、急に現実味を帯びる気がして。
「ごろん、ってミサカはミサカは寝返りを打ってみる」
呟きつつ、打ち止めは仰向けになる。暗い病室の天井はどこまでも真っ白で、それが全然似てもいないのに、ふと彼のことを思い出させた。
 彼がいなくなって、しばらく経つ。何も言わず、着の身着のままで一方通行は姿を消した。迷子――そう思って探しに出かけ、一度は再会できたものの、その後また彼は行方知れずだ。
(…………どこにいるのかな、ってミサカはミサカは考え込んでみる)


 いつの間にか、うとうとしていたようだ。打ち止めは人の気配を感じて、ぼんやりと意識を手繰り寄せる。最初に感じたのは、額に宛てられた手の感触だった。それは、いつも無遠慮に打ち止めの頭を叩いたり、デコピンを食らわせたりしていた手と、感触が似ている。
「…………あくせられーた?」
考えるよりも先に、言葉は口から滑り落ちていた。ぴくり、と額の上の指が動くのが分かる。目の前にいるであろう人を確かめたいけれど、眠くて瞼がなかなか上がらなかった。意識もぼんやりとしていて、頭がちゃんと回っていない――回っていなかったから。
「……もどってきてね、ってミサカはミサカはおねがいしてみる」
打ち止めは、けして口にしなかった、その願いを零していた。
「あァ?」
懐かしい声が、聞きなれた不機嫌な返事を返す。それが、打ち止めの気持ちに拍車をかける。
「……ぜったい、もどってきてね、ってミサカはミサカはこゆびをさし出してみる」
そうは言ったものの、手は動いてくれなかった。そう言えば、体の調子が良くなくて病院にいるんだったなぁ、とぼんやりと打ち止めは思い出す。
「そンな約束、俺が守ると思うかァ?」
笑うような、馬鹿にするような彼の声。けれど、打ち止めは怯まない。
「……わかってる――まもれないかもしれない、っておもってるから、ミサカとゆびきりしないんだよね、ってミサカはミサカはかくしん、してみたり」
少し意識ははっきりしてきたけれど、冷たい手が瞼を覆っていって。それが火照った顔に気持ち良くて、打ち止めはまたうとうとしてしまう。
「…………寝てろ」
そう、彼が言う声が聞こえた。再び意識を手放す夢の淵で、打ち止めは小さく呟いた。ある者は嫌悪し、ある者は恐れ、ある者は苦々しく思う、その名前を――心底、大切そうに。


「………………あくせられーた?」
答えは、ない。
 打ち止めは薄く目を開けた。そこに広がっているのは、さっきまでと同じ、無愛想な病室だ。ただ、昼間にヨミカワやヨシカワが来た後ちゃんと隅に寄せておいたはずの椅子が、ベッドの傍らに動いている。手を伸ばして椅子に触れてみたが、もうほとんど温もりは感じられなかった。
「……あくせられーた……?」
もう一度、呼んでみたけれど、やはり答えはなくて。
(やっぱり……)
目を開けるんじゃなかった、と打ち止めは思う。目を開けなければ、夢を見ていられたのに。そうしたら彼は――今も傍らにいてくれたかもしれないのに。

 何も考えたくなくて天井を見上げると、ぼんやりと視界が滲んだ。
(…………さみしい、)
ぽつり、とその感情が浮かび上がって、打ち止めは目を閉じた。
(さみしいよ、ってミサカはミサカは心の中であの人を呼んでみる)


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つかの間で良いから逢いに来てあげて、一方さん……!
葛藤やら障害やらがある方が好きなので、通行止めは萌えるんですが、
最後はハッピーエンドであってこそですよ!
通行止めは正直、黒かまちーが鬱フラグ立てそうで心配すぎる……


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