『こんばんはー、ってミサカはミサカは夜の定番挨拶をしてみたり』
「……院内は電話使用禁止だろうが、クソガキ」
『個室だから気にしない、ってミサカはミサカはハイテンションで答えてみる!』
十歳児にありがちな高めの声は電話を通すと耳に痛かったが、それでも少しは元気が出たらしい彼女の声に安心する。一方通行はソファーに背中を預けながら、壁にかかった時計を見上げた。時刻は深夜、と言っても差し支えのない時間だ。彼女が今いるのは病院だし、余程のことがない限り、電話などかけてこないだろう。
「で、どォしたよ?」
『退屈だなー、ってミサカはミサカは、』
「寝てろ」
前言撤回。はき捨てるように一方通行が言うと、抗議するような打ち止めの声がする。それを聞き流しつつ、一方通行は声が途切れたところで口を挟む。
「オマエ、何の為に入院してンだァ?」
『……体調が悪いから、ってミサカはミサカは、』
「だよなァ? 病院で体調が悪ィヤツがやること知ってるか?」
『……治療です、ってミサカはミサカはうな垂れてみる』
打ち止めがしょぼくれるのが想像できた。きっとあの物理法則を無視して普段はピンと立っているアホ毛も、今は萎れているに違いない。知らないうちに、口の端が僅かに釣りあがっていた。一方通行はそれに気づいて舌打ちをする。
「ンじゃ切るぞ」
『えぇーっ!? まだ多分5分も喋ってないよ? ちょっと冷たすぎるんじゃないかな、ってミサカはミサカは』
「バカか、ガキが夜更かししてンじゃねェよ」
一方通行ですら、そろそろ寝ようかと思っていた時間帯だ。実際、いつもの打ち止めならもうとっくの昔に夢の中のはずで、しかしその実彼女の声に全く眠そうな気配はない。
『だってだって、お昼は寝てばっかりだったから、全然眠くないんだもん、ってミサカはミサカはぶーたれてみたり』
「…………俺はもう寝るっつの」
予想は出来る答えだったが、だからと言って律儀にそれに付き合ってやる義理はない。一方通行が欠伸を噛み殺しながらソファーから立ち上がって移動しかけたところで、気を取り直したように打ち止めが言う。
『うーん、じゃあしょうがないからミサカネットワークでお喋りしようかな、ってミサカはミサカは思いついてみたり!』
「あァ?」
『ミサカ達の中には時差的に今お昼なミサカもいるから、話相手してもらおうかな、ってミサカはミサカは我ながら名案だって頷いてみる』
一万人の無表情とこのちんまくてうるさいガキが一緒になって話しているのは想像しにくい。一方通行は興味本位で尋ねる。
「……オマエラ、普段どういう話してンだよ」
『? 普通の話だよ? 最近のブームは黒いツンツン頭の男の子、』
「オイ、クソガキ。朝まで付き合ってやる」
打ち止めの台詞を遮るように言う。『黒いツンツン頭の男の子』――見当はつく。大方あの無能力者だろう。当事者の一人が言うのも何だが、確かにアイツの行動はまるで『ピンチに駆けつけたヒーロー』だった。あんなに無感情そうに見える一万人と――一人が例外なく夢中になるのも、ありえる話かもしれない。
 だが――それを何故だか酷く苛立たしく感じる自分がいた。
『およ、どういう風の吹き回し? ってミサカはミサカは疑問に思ってみたり』
「知るか。気が変わらねェうちに何か面白ェ話でもしろ」
『え、しかもミサカの方が話すの? ってミサカはミサカはあなたの傍若無人さに呆れてみる』
傍らにいない少女は、それでも嬉しそうに話し始める。
 取り留めのない会話は続く――二人が眠りにつくまで、続く。


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一万人が夢中になることは許しても、一人が夢中になることは許さない、
そんな心の狭い一方さんでいてほしい……!!


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