壁から吊り下げてあるカレンダーには、子供がつけたのであろう豪快な丸がついていた。青のマジックでぐりぐりと何重にも囲われた日付は今日――8/31だ。
「あァ? 何かあったかァ?」
一方通行は首を傾げて、大きな欠伸を一つ漏らした。


 一方通行は適当にパンを焼いて食べることにした。普段は朝起き抜けから何か食べたいとは思わないが、昨日の夕食が早かったせいか珍しく腹が減っている。キッチンの脇の方に置かれているカゴに無造作に入れられているパンを数枚取り出すと、一方通行はオーブンレンジにまとめてそれを放り込んだ。静かなキッチンにウィーンという御馴染みの機械音が響き渡る。
「…………メンドクセェ」
途中までレンジの中の食パンを眺めていたが、しばらく経っても焼ける様子がないので途中で諦めて取り出した。ほんのりと温かくなった食パンをそのまま二、三口齧り、それから冷蔵庫を漁る。ジャムを塗る趣味はないのでバターだけを取り出し、2.5枚になった食パンと一緒にソファーまで持って行く。ぼうっとしたままもそもそと食べ続けていると、うっかり指まで噛んでしまいそうになった。朝はやはり頭が良く働かない。
「……平和なモンだ」
天井を見上げながら、誰にともなく呟く。かつては昼夜問わず緊張感でピリピリした生活を送っていた一方通行だが、最近はそんな必要もなくなっていた。信じられないことだが、何せ世の中平和というヤツだ。気を抜いてしまっても仕方がない。
 と、その静寂を破るドタドタという足音。
「……クソガキ」
一方通行はため息をついて舌打ちする。元々他人に干渉されることをあまり好まない――否、人と過ごすことが出来なかった一方通行は、一人でいることが多かった。何処かの容赦なくドアを開け放ってくる子供や、未だにガキ扱いしてくる警備員、余裕をぶっこいたしたり顔の研究者とは相性が非常によろしくない。
「おっはよー!ってミサカはミサカはいつもより少し早起きなあなたに元気良く挨拶してみる!」
「…………ハァ」
平和になった――つまり誰からも狙われることなく、平穏に暮らせるようになった――今でも、何を思ったかこの子供は一方通行と一緒にいる。ロクな扱いをした覚えもないのに、いつでもニコニコと笑顔を浮かべて傍にいる打ち止めのことが、未だに一方通行は良く分からない。
「朝からため息って何だか不景気だなぁ、ってミサカはミサカは困ってみたり」
腰に手を当ててそう言ってくる打ち止めに、一方通行はもう一度深々とため息をついてみせた。朝っぱらから元気一杯のガキの相手をする気力は、一方通行にはない。取り合えず打ち止めを振り切るために、今日は何をしようかと考えながら、一方通行はソファから立ち上がる。世間的には夏休み最後の日。宿題を終えられないようなバカは出歩かないであろう日だが、外は暑い。
「そんなんじゃ明日さっそく学校に遅刻しちゃうよ?ってミサカはミサカはあなたを咎めてみる!」
「……ガッコウなんて今更行かねェよ」
一方通行は一応学校に籍を置いてはいるが、今のところ登校する気はない。今更ガクセイごっこをするのもアレだし、登下校などしようものなら、ツンツン頭のムカツク野郎や腹ペコシスター、同じ顔の姉妹達、あれやこれやの引っかかりたくない連中にまとめて引っかかることになってしまう。
「あー、またそんなこと言って! 貴重な青春が逃げてっちゃうよ?ってミサカはミサカは、」
「オイ、オマエはどうなんだよクソガキ」
時刻は11時。打ち止めが通っている学校は、つい一週間前から二学期が始まったばかりだ。本来なら打ち止めの方こそ学校に行っている時間帯である。だが打ち止めの服装はいつもの青いワンピース――今日はまともに学校に行く気がないらしい。
「えーえーえーっと、ミサカはミサカは今日は創立記念日かなぁ、って言い訳してみたり」
「オマエの学校は一年に何回創立すりゃ気が済むンだよ」
呆れたように言いながらも、一方通行はようやく頭の巡りがマトモになってきたのを感じた。軽く欠伸をして最後の眠気を振り払う。
「ねぇねぇ、今からどうするの?ってミサカはミサカはあなたに聞いてみたり」
特に決まっていなかったので、一方通行は咄嗟に答えられなかった。そんな一方通行に打ち止めはしてやったり、という表情で笑いかけた。


 流石にファミレスの中は涼しい。汗が染み込み始めたシャツを指で摘んで風を送り込んでやると、ようやく人心地ついた。目の前の椅子に座っている打ち止めは嬉しそうにメニューを開いている。
「どれにしようかなー、ってミサカはミサカは迷ってみる」
ハンバーグにスパゲッティー、といつも通りの選択肢で打ち止めは悩み始める。開いているページは前にこのファミレスに来た時と同じところだ。つくづく進歩がない。
「あなたは何にするの?ってミサカはミサカは尋ねてみたり」
一通り悩んでからふと顔を上げた打ち止めが、全くメニューを選ぶ素振りを見せない一方通行に聞く。一方通行は頬杖をつきながら言った。
「ついさっき朝飯食ったばっかだからなァ。腹減ってねェンだよ」
「……そ、そう……ってミサカはミサカは呟いてみる」
一方通行の答えに、あからさまに打ち止めは肩を落とした。しばらくしてメニューを見るのを再開したものの、やがてため息をついて視線を上げる。もう良いらしい。一方通行は近くを歩いていたウェイトレスを呼び止めた。
「38と106」
簡潔に番号だけを告げると、営業スマイルを顔に張り付かせたウェイトレスが手元の端末に注文を入力していく。
「ご注文を繰り返させていただきます。具沢山ハンバーグオムライスとブレンドコーヒーでよろしいですか?」
「あァ」
一人分と取られても仕方ないような注文だったが、ウェイトレスは微笑んだまま頷いてメニューを下げて去っていった。
「あなた、本当に全然お腹が空いてないの?ってミサカはミサカは聞いてみたり」
「腹減ってたら注文してるっつの」
縋るように聞いてくる打ち止めに、一方通行は首を振りながら答える。打ち止めがますますしゅんとするのが分かったが、一方通行はそれを無視した。カレンダーの印、いつかのファミレス。何となく理由は分かっていたが、直接どうこう言ってやるほど一方通行はお人好しではない。
(つーか、なンで女はこォいうのに拘ンだァ?)
どことなく居心地の悪い思いをしながら打ち止めの顔を眺めていると、さっきのウェイトレスがまずコーヒーを運んできた。軽く手を挙げると、ウェイトレスは一方通行の前にコーヒーをサーブする。
 しばらく一方通行は湯気を立てたコーヒーを軽く視線をやっていたが、口をつけなかった。打ち止めはそんな一方通行を不思議そうに見る。
「? 冷めるよ?ってミサカはミサカは首を傾げてみたり。もしかしてあなた突然猫舌さんになったの?ってミサカはミサカはそれはそれで可愛いな、と思ってみる」
「なンだそりゃ」
言っているうちに、打ち止めの分の料理も運ばれてきた。注文はお揃いでしょうか、というウェイトレスの決まり文句に頷くと、ごゆっくりどうぞ、とまた決まり文句。ウェイトレスが背中を向けて去っていくのを確認して、一方通行がスプーンやらフォークやらが入った箱を押し出してやると、打ち止めがごそごそと中を漁り出す。
 その行動に紛れるように、小さな声で一方通行は呟いた。
「イタダキマス」
「……!」
弾かれたように打ち止めの顔が上がる。それ以上何も言わずカップを持ち上げた一方通行に、目を丸くしたままだった打ち止めは顔一杯の笑みを浮かべた。手にしたスプーンを振り回す勢いで、打ち止めは一方通行に話しかける。
「ねぇねぇ、やっぱりあなたも何か食べようよ、ってミサカはミサカはあなたを誘ってみたり」
「腹一杯だってンだろ、クソガキ」
ゴチソウサマ、を同時に言うために、一方通行はちびちびと少しずつコーヒーを飲み始めた。


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と言うことで本編から1年後くらいを想定……というか出会い記念日ですよ!
あの日できなかったかもしれない「いただきます」とできなかった「ごちそうさま」を、というお話
うちの一方さん少食だけど、実はアレですね、原作では肉料理とかがっつり召し上がられてますよね……サーセン
タイトルを『ファミレスで昼食を』にするか迷った(『ティファニーで朝食を』的な意味合いで)


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