360度逃げ場がない。どっちを見ても派手なネオンサインが踊っている。右を向けば『ご休憩』、左を向けば『サービスタイム』。後ろを振り向けばきっと『ご宿泊』が待ってるに違いない。
「ふわぁー、明るいねぇ、ってミサカはミサカはきょろきょろしてみたり」
傍らからのんびりとした声が上がる。思わず、勢いよく打ち止めの頭を押さえつけてしまった。



 学園都市にもそういう一帯は存在する。ブティックホテルだかプチホテルだか言い方はどうでも良いが、所謂ホテル街というやつだ。一応学生には関係がないことになっているが、それが建前であることは誰でも知っている。ちなみにこんなところまで要らない技術を駆使している学園都市では、制服で訪れたカップルは入り口の案内システムで学校まで通報されてしまうらしい、などという実しやかな噂が流れている。

(アー……)
一方通行は頭を掻いて辺りを見回す。来た道がどっちだったか思い出そうとするが、上手くいかない。軽く混乱していることが自分でも分かる。取り合えず、あまり利用しない駅から帰ろうとしたところで、打ち止めが散歩をしたいと駄々を捏ねたので渋々付き合ったところまでは容易に思い出せる。思ったより遅くなってしまったので近道をしようとして細い道に入って――気がついたらこの有様だった。右の『ご休憩』を見ても、左の『サービスタイム』を見てもどっちから来たのか思い出せない。どうやらこういった事態で混乱できるくらいには青臭いところが残っていたらしい。
「ねぇねぇ、あの『ご休憩』?って方が、」
「黙れ指差すなクソガキ」
右の方を指した打ち止めの指を掴んで無理やり下ろさせると、打ち止めは不満そうに見上げてくる。理由を説明しようにも説明できないので、一方通行は舌打ちをして目を逸らした。すると今度は『ご宿泊 5000円〜』の文字が目に入ってげんなりする。取り合えず駅の方向を確認しようと目を上げると『勉強部屋』なるネオンサインが視界に映る。
(……………………ウゼェ……)
自然とため息が出る一方通行である。

 随分と大きなホテル街らしく、一頻り辺りを見回してみてもずっと軒並み同じような建物が続いている。それが逆に特徴になることに思い至った一方通行は、頭の中に学園都市の地図を引っ張り出して場所の特定を試みた。
(アレがこの辺り、ンでこっちが大体この範囲か……)
程なくして大体の場所を把握した一方通行は胸を撫で下ろす。安心したところで時計を確認すると23時前――子供を連れ回すには向かない時間帯だ。
 頭に思い浮かべた地図に沿って動こうと一方通行は打ち止めの手を引いた。だが予想外に打ち止めが動かない。傍らに視線をやった一方通行は、そこでようやく打ち止めがあらぬ方向を向いて小さな声で呟いていることに気づいた。
「うんうん……え、?」
少しぼんやりとした視線は、打ち止めがミサカネットワークとやり取りしている時特有のものだ。多分道でも尋ねているのだろう――そう思ったが甘かった。
 少しやり取りを続けた後、打ち止めは不思議そうな顔でこっちに台詞を棒読みしてくる。
「『ご宿泊はどうですか?』ってミサカはミサカはあなたに尋ねてみたり」
「今すぐその腐ったネットワーク切断しやがれ」
一方通行は何となく体の位置を変えて『ご宿泊』の方から打ち止めの視線を遠ざける。だがそんな一方通行の仕草を気にすることなく、打ち止めは更にネットワークでの会話を続けていた。
「え? なに? 上目遣い? ミサカはいつでもあの人を見上げてるよ、ってミサカはミサカは……え、お金? あの人貧乏じゃないと思うよ、ってミサカはミサカは反論してみたり。……うん、うん……えぇと、『ご休憩でも良いよ』?、ってミサカはミサカは提案してみる」
「オイ、黙れネットワーク……」
言ってみたものの、女三人集まれば姦しい、一万人集まれば言わずもがなだろう。涼しい顔をしている癖に妙に強かなところもある彼女達はこの事態を生温かく観察しているに違いない。
 取り合えずここを離れた方が良さそうだと判断した一方通行は足早に歩き始める。半歩遅れた形で従った打ち止めは目を白黒させながら話しかけてきた。
「? え、ちょっと、随分早足だね、ってミサカはミサカ、は……」
そこで打ち止めの言葉と足が止まった。振り返ると、顔を真っ赤にして俯いている打ち止めが目に入る。訝しく思って首を傾げかけて――さっきまで彼女が向いていたであろう視線の先を辿って合点がいった。はた迷惑なカップルがホテルの入り口で濃厚なキスを交わしている。子供には多少刺激が強すぎる場面だ。一方通行は呆れ顔で舌打ちした後、傍らの打ち止めにもう一度視線をやった。
 打ち止めは酷く気まずそうに視線を彷徨わせている。いつもと違って縮こまっている子供の姿が何だか妙に可笑しい。
「……………………アー、なンだ。あァいうのはもう少ししたらな」
僅かな沈黙の後、面白いくらいに目を逸らしている打ち止めの頭を一方通行はくしゃりと撫でた。


-------------------------------------------
セロリだけどラブホには入りません!(キリッ
年頃の人たちが性の話で気まずくなったりするとにやにやですよ!
……ホテル街なのに何も起こらなくてごめんな! そしてもう少しで済むのかもやしよ!


inserted by FC2 system