視界が明るい。暴力的なまでの明るさに瞼を手で覆いたかったけれど、体が動かない――動いてくれない。意識は朦朧としていて、かろうじてうつ伏せになっていることが分かるくらいだ。ヒュゥヒュゥとか細く鳴っているのは、自分の吐息。ほんの僅かだけ動かせた指は地面に沈んでいく感じがして、そこで打ち止めは雪の上に倒れていることを認識した。耳を澄まさなくても聞こえてくる重くぶつかり合う音。圧迫感のあるそれに身を震わせて、打ち止めはのろのろと頭を動かした。
(あぁ…………)
少し離れたところで、一方通行が誰かとやり合っているのが見える。攻撃的な癖にその実どこか泣きそうな声音で、一方通行は相手に怒鳴り散らしていた。言葉の端々しか聞こえないけれど、一方通行が酷く感情的になっていることが分かる。
(……………………また、)
また、あの人は一人ぼっちの顔をしている。絶望に身を晒して、行き場のない迷子みたいに辛そうな目で。思えば、彼にそういう顔をさせたくなかったから傍にいたはずなのに、最近の彼はどんな表情をしていただろう――? そんな基本的なことすら分からなくなっている。打ち止めは耳鳴りみたいに体中から伝わってくる熱を辛うじて意識しないようにすると、網膜に一方通行の姿を灼き付けた。
 一方通行が誰と戦っているのかは分からない。ただ彼らしくない酷くぞんざいな戦い方に打ち止めの不安が大きくなっていく。一方通行の叫び声が空気を震わせて打ち止めのところまで届く。何を言っているのか分からないけれど、それは胸の奥が苦しくなるような切実さに彩られていた。
(や、めて……)
いつか見た黒い翼を振り下ろして羽根を撒き散らして戦う一方通行に、心の中で叫んだ。あの状態の一方通行はとても不安定で、何もかも分からなくなっている。そんな彼を止められるのは自分だけのはずなのに――彼の視線はもう打ち止めを見てはいない。ただ闇雲に誰かに攻撃を続けている。
(――振り向いて)
その一ふるいごとに、彼の心が潰れていくのが見えるような気がした。
(――振り向いてッ……、)
どんなに心の中で思っていても、けして一方通行には届かない。あれだけ傍にいたのに、一緒に居てほんの少しだけでも支えられたと思ったのに、今は一方通行を世界で一番遠くに感じる。そもそも誰かにぶつかったって何にもならないことぐらい、一方通行が一番良く知っているのだ。自暴自棄になったってどうしようもないと一番分かってるはずなのだ。
 それでも一方通行は、もうそれしかないとでも言うような追い詰められた顔で翼を広げる。
「……して、」
枯れた声ではあの人に届かない。思うようにならない喉が忌々しくて、打ち止めは唇をかみ締めた。あの時彼を受け止めることができたこの両腕は、今は雪の中に埋もれたまま持ち上がってくれない。真っ白な視界に所々落ちた赤。それが一方通行の血だと気づいて、涙が溢れそうになる。泣きたいのはきっと一方通行の方なのに。
「……どうっ……して、」
この役立たずの腕は、一番あの人を抱きしめてあげたい時に動いてくれないのだろう。ここにいるよ、と……傍にいるよ、と。どうしてたったそれだけのことを伝えてあげられないのだろう。どれだけ強く願っても、今の打ち止めには目の前で傷ついていく彼に手を伸ばすことすらできない。二つの人影をただ見つめることしか出来ない。

「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」
 咆哮と攻撃が交錯する。僅かに混乱を含んだ一方通行の声がして、やがて、強い衝撃を受けた彼が大きく仰け反った。受け止めてあげることすらできず白い雪の中におもちゃの様に倒れていく彼を、打ち止めはただ視界に灼き付けることしか出来ない。
(…………あ、ぁ、)
そのままピクリとも動かない一方通行に、この役立たずの両腕を折りたい衝動にすら駆られた。涙で視界がぼやけて、彼を徐々に覆っていく雪の白も彼の流した血の赤も滲んでいく。一番近くにある自分の腕の肌色だけが視界に留まり続けたが、それも閉じた瞼に溶けていった。
 ――いったい、目の前にいる大切な人を助けられない腕に、何の価値があるというのだろう。


 誰かが近づいてくるのが分かったけれど、打ち止めにはもう確かめる気力もなかった。ただひんやりとした手が額を撫でていくのが分かる。僅かに開いた目に映るのは見慣れた白髪ではなく、ツンツンした黒髪だった。伸ばされたのは何の変哲もない少年の手で、それが尚更打ち止めを絶望させた。
(………………この手が、)
自分の腕と何が違うと言うのだろう。ただ自分が弱かったから、あの人を助けられなかったのだろうか。もう、あの人を守ることは出来ないのだろうか。
 体を覆っていた熱が引いていくのを感じながら、打ち止めは一筋だけ涙を流した。


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20巻ラストは多分一方さんだけじゃなく打ち止めも大敗北な気がするんです
15巻ラストで一方さんを救えた打ち止めは、20巻ラストでは救えなかったわけですし
……通行止め試練過ぎるだろ……21巻の大逆転を信じてる……


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