もう、前にしか進めないのだ。
 そんなことは、ここにいる4人は、全員分かっている。
 友情があるわけでもない、昔馴染みなわけでもない、そんな4人の間にあるのは、ただ一つ。


 海原光貴は顔を上げる。
 いつオーダーが来るか分からない『グループ』にとって、上に拘束されない時間はいつでも『最後の自由時間』になりうる――それは敢えて誰も口に出さないものの、4人の共通見解だった。なので、その自由時間についてお互い詮索しあわないのは、半ば暗黙のルールと化している。尤も、いつも非拘束時間は短すぎて何もしようがない、ということもあるが。
「……まったく、労働基準法違反ですね」
そんな別世界の話を口にしつつ、海原は視線を遠くの曲がり角まで飛ばしてみる。さっきから『想い人』を待っているものの、張る場所を間違えたらしく、人が来る気配はゼロだ。
「最後までタイミングが悪い」
そう呟きつつ、海原はそっとため息をついた。
 あと数十分もすれば集合時間で、数時間もすれば、上と何かしらの決着がついているだろう。元々上に反撃するために手を取り合っている――否、指先を触れ合わせている程度だろう――『グループ』が、最大の賭けをすると決めたのは今日だった。今が『最後の自由時間』になりえるかもしれないのは、4人とも承知の上だ。
「そろそろ……」
行かなくては、と時計を確認して立ち上がろうとしたところで、少し離れたところから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『……、お姉様は、…………で……ですわ!』
『ちょっと、……じゃないわよ!』
時に笑いながら、時に突っ込み混じりに交わされる会話の主の一人は、紛うことのない海原の『想い人』だ。だが、残念ながら声は塀越しにしか聞こえない。どうやら予想と違うルートを通られてしまったらしい。
「……はは、」
自然に笑いが漏れる。それは、乾いたものではなく、どこか諦めたような、けれど温かいもので。
 案外――否、多分、自分はこういう役回りなのだろう、と海原は思う。
 けれど、それで彼女が幸せなら良い、と海原は思う。


 結標淡希は立ち上がる。
 少ない自由時間の半分以上を公園のベンチに座ったまま過ごした結標は、時間を確認して諦めた。結局、近くまで来たものの、どうしてもあの少年院の中に入る気にはなれなかった。それは、単純に今日の計画のため、ということもあるが――どの顔をして出て行ったら良いのか分からない、というのが大きい。
(…………いつか、必ず救い出してみせる)
 そう思って誓い直した日から、どれだけの日数が経っただろうか。途中から数えるのを止めた理由の一つが――怖かったからだ、ということを結標は否定しない……否定できない。
「戻って、くるわ……」
それでも、結標はその建物を見つめながら、そう呟く。
 救い出せたら、笑ってくれるだろうか、と結標は思う。
 そうしたら、改めて――謝れるだろうか、と結標は思う。


 土御門元春は深呼吸をする。
 辺りを見回してみたが、特に知り合いの顔はない。仕事とプライベート、二つの顔を使い分けている土御門は、その狭間にいる時、周りの状況に少し神経質になる。今は仕事は抜きだ――頭を切り替えると、土御門は徐に携帯電話を取り出した。少し迷った後に、アドレス帳の最初に登録してある――けれど、かけた回数自体はそう多くない番号を表示させる。ボタンを押して、耳に携帯電話を押し当てると、聞きなれた呼び出し音が聞こえてきた。そのうち、それが、これまた聞きなれた電子音声に変わる。
「にゃー、留守電か」
土御門は苦笑した。声が聞けないことが残念だと思うと同時に、相手が出なくて良かったとほっとしもした自分に気づいたからだ。諦めて携帯電話を閉じて、土御門は時間を確認した。集合場所付近とは言え、そろそろ向かわないと不味い。土御門は携帯電話を仕舞って歩き始める。
 電話をかけた回数が少なかったのは――傍にいたからだ、と土御門は思う。
 守るべきものの近くにいれたことは幸せだ、と土御門は思う。


 一方通行は舌打ちをする。
 そうしてソファに寝転んだ姿勢のまま首元の電極を確かめた。能力に頼る気はさらさらないが、使える選択肢が少ないより多い方が良いに決まっている。一方通行は計画をもう一度頭から吟味し、考えを巡らせた。
(15分ってとこだな……それ以上使っちまえばもう後がねェ)
暫くして自分の中でそう結論付けると、一方通行は壁の時計に目をやった。針は集合時間の10分前をさしている。そろそろ残りの3人も顔を出し始めるだろう。
 最後の、たった2時間だけの自由時間、それを4人で決めた時、残りのメンバーはアジトから出て行ったが、一方通行だけはそのまま残っていた。特にやることなどなかったし、どのみちあまり軽々しく出歩ける状態でもない。能力は多少使えると結論付けたとは言え、体力も温存しておくに越したことはなかったので、一方通行は仮眠を取りつつ様子を見ていた。
「…………」
不意に、見知った少女の顔を思い出す。離れて随分経った気もするし、ついこないだだったような気もする。
 また会えるか会えないか、なんて知ったことではない、と一方通行は思う。
 けれど――その世界を守るためならば、と一方通行は思う



 もう、前にしか進めないのだ。
 そんなことは、ここにいる4人は、全員分かっている。
 友情があるわけでもない、昔馴染みなわけでもない、そんな4人の間にあるのは、ただ一つ――利害の一致だけ。

「さて、そろそろ行きましょうか」
「……で、そっちの感傷は済んだの?」
「お前らこそ、途中で泣き言を入れるな」
「無駄口叩いてンじゃねェよ」
ほんの少しの騒がしさ、そして視線の交錯の後は、無言の足音のみが響く。


 つまり、もう――賽は投げられた。
 あとはもう、進むしかない。
 友情も想い出も共有しない――けれど、どこかしら似通った未来を思い描く、4人は。


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グループ大好きだよグループ
でも実はグループとしての露出があるのってSSと15巻ぐらいだったりしない……?
読み込もうにも資料が不足していることに書こうと思ってから気づいた
取り合えずなんか大きいことを仕掛けようとしてる前にはこんな感じじゃないかな、と……捏造すいませ(ry


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