***A&C(Anything&Chocolate)***

『とうま、わたしどうにかなっちゃいそうなんだよ』

 普段彼女が滅多に使わない携帯メールにはそのたった一言だけが書かれていた。
 授業を経てHRが終わり、今日も学校での長い一日が終わろうという夕方。上条は走りながらインデックスに電話をかける。出ない、出ない――留守電。
(……どうしたってんだよ、インデックス……!)
 いつもはおっかなびっくりにしても、通話に出るだけは出るインデックスに、今日は電話が繋がらない。嫌な予感がして、上条は寮までの最短距離を急いだ。


 息を切らせながら部屋のドアを開けると、玄関で蹲っていたインデックスが顔を上げた。
「とうま! やっと帰ってきた……」
今にも泣きそうな顔で抱きついてくるインデックスを受け止め、上条は素早く玄関先を見渡す。
「インデックス、無事か!?」
一見して、異常は見当たらない。だがそういう油断が命取りになることを、上条は経験上良く知っている。辺りに気を配りながらも、とにかく事情を聞こうと上条は腕の中のインデックスに視線を合わせた。インデックスは震えながら唇を噛み締めている。
「無事なんだよ……ちゃんと食べてないんだよ、とうま!」
「そうか良かった無事なんだな、食べてな……え、食べて?」
言葉の意味を咀嚼しかねて聞き返すと、インデックスはキッチンの方向を指差す。そこにはラッピングされた何かが――
「え?」
いかにもなピンク色に、思わずカレンダーの日付を確認してしまう上条である。
「とうまがガッコウに出かけた後、気づいたら玄関先に置いてあって……甘い匂いがしたからすごーく食べたかったんだけど、食べなかったんだよ?」
インデックスは、ねぇ食べても良い、と視線だけで聞いてくる。
(日頃から『怪しいものは食べちゃいけません!』と教育した甲斐があったってことか……頑張った、上条さん頑張ったよ!)
上条は心の中でうんうんと自画自賛する。もしかして恐らくは十中八九は何かの間違いでもない限りはチョコレートであろうものを視界から何となく外して、一つ深呼吸を入れる。
(いや……チョコレートだ……よな……?)
どう考えてもそうだろうとは思うのだが、今までの不幸っぷりからして、もしかしたらチョコ型の魔術という可能性も捨て切れない、などと考えてしまう上条である。
「ねぇとうまー、食べようよ、ねぇ」
「うーん、うーん……」
結局そのまま、上条は現実を受け止めるのに三十分以上かかってしまった。




***B&C(Body&Chocolate)***

「……ただいま……」
 手に下げた袋を体の後ろに隠しながら、浜面仕上は家の鍵を開ける。
(……喜んで良いんだか悪いんだか)
今までの人生で一度たりともチョコレートなど貰ったことがなかったのに、何故か今年になって行く先々でチョコレートを貰ってしまった浜面である。

『まさか受け取れないとは言わないわよね?』
『まぁ浜面は超浜面ですし、一個も貰えなくて死にそうになってたら可哀想ですから、ボランティアですよ、はい』

 合計2個――とは言え、彼女がいる身で貰うにはいささか苦しい、ちょっと綺麗なラッピングだったりする。
(あいつら、わざとやってんじゃないだろうな……いややりかねん)
突き返すこともできなくて結局受け取ってしまい、いやだがしかし、と悶々とし続けて二時間。帰ろうと思い立ったものの、それからも足が自然と遠回りしてしまったのもあってそろそろ日付が変わる時間帯だ。
(滝壺、寝てると良いなぁ……)
そう思いながら、電気のついたままのリビングに足を進める。すると、音に気づいたのかもぞりとこちらに向けられていた背が動く。
「おかえり、はまづら」
「あ……あぁ、ただいま……」
内心焦りながら、浜面は手に持った袋が見えないようにして移動する。滝壺はそんな浜面の怪しい行動に気づかないでか、いつものぼうっとした調子で聞いてきた。
「ご飯食べる?」
「あぁ、うん」
ん、と小さく返事をして、滝壺はコタツから這い出てくる。そのままのんびりとした足取りでキッチンに向かう彼女の姿に、浜面は胸をなで下ろした。
(よし、セーフ……! 後は滝壺がこっち見てない間にチョコレートをどこか安全なところに避難させるだけ!)
だが安心した浜面がコタツに足を突っ込んだ瞬間、本当に何気ない様子で滝壺は言った。
「ちょこ、貰った?」
ギクリ、と肩が震えた。それが答えのようなものだ。いつもと変わらない、ともすれば無表情にも見える顔で滝壺は静かに浜面を見ている。
「……も、もらいました……」
沈黙数秒、浜面はそう正直に返した。良く考えれば、今ここで隠せても、断れなかった時点でいつかはアイテムの面々からばバレてしまうだろう。滝壺は、ん、と首を傾げた後、更に聞いてくる。
「もう、いらない?」
「いる! いる! 超いる!」
自分でもみっともないと思うくらいに勢い良く答えると、滝壺は少しだけ嬉しそうに浜面の方に近寄ってきて――ジャージの胸元に手を突っ込んだ。
(いつもの巨乳っぷりと少し違うと思ったらまさかそこに……!)
思わず胸の動きを凝視してしまう浜面である。
「ん、」
差し出されたチョコレートの包みはほんのり温かかった。
(うぉおおおおお彼女からの初チョコレート!)
少しラッピングが崩れてしまっているがそれはご愛嬌と言うものだろう。
(っていうか寧ろこの崩れた感が手作りっぽくてイイ!)
これを一生懸命自分の居ない間に作っていたのだろうか、そう思うと頬が緩んでしまう。心の中で猛烈な感動を味わっていた浜面の横で、あ、と滝壺が小さな声を上げた。
「はまづら……つつみ方ダメだったかもしれない。胸、べとべとする」
「ぶっ!?」
胸元をチョコレートで汚した滝壺の姿を想像して、浜面は勢い良く咳き込んだ。




***C&C(Chance&Chocolate)***

 最初に渡すんだから、と勢い込んで寝床に潜り込んできた癖に、たったの三十分で傍らの小さな子供は丸まって寝息をたて始めた。部屋の時計を見上げると、二十三時過ぎ。全く惜しいとも思えない時間帯だ。
「……日付変わってねェぞクソガキ」
頭を軽く叩いても、幸せそうに眠っている顔は崩れない。
(まァ……)
平和、と言うことだろう――少なくとも、こんな自分がバレンタインデーなどという『いかにも』なイベントごとに巻き込まれそうなくらいには。それを心の何処かで悪くない、と思っている自分が居ることに、一方通行は薄々気づいている。
「あくせられーた……」
そう呟くように言って笑う子供の前髪を、頬杖をついたまま少しだけ指先で弄ぶ。
(…………)
眠り込んでいるこの子供は自分の平和の象徴だ。間抜けとしか言いようのない安心しきった表情はまるで自分に縁のなかったもので、それが惜しげもなく注がれることに思わず苦笑が漏れる。
(…………まァ、とは言えなァ)
このまま一緒に眠るわけにもいかない、と考えて、打ち止めを置いて別の部屋に移動しようとしたところで、ギュウッと服の裾を掴まれているのを見てため息をつく。何だかんだで打ち止めのせいで何枚かシャツをダメにしている一方通行だ。何度か止めるようには言ったのだが、その度にそんなことしてない、と言い張られるので、いい加減諦めかけている。
「…………仕方ねェ」
子供とは言え、一人用のベッドに丸まって寝られると使えるスペースは限られてくる。自然、彼女を寄り添う形で横になった一方通行は、はぁ、とまたため息を一つついた。
(なンでこンなことになってンだ)
目を閉じてみるものの、しばらくは眠気が訪れないであろうことは経験上から分かっている。すぐそこにある体温が、小さく漏れる寝息が、酷く落ち着かない気分にさせるからだ。

 一方通行はいつもと同じように、
 いつから、何故、一緒に眠ってはいけない、と思い始めたのか――その問いを意識的に思考の外へ追い出した。


 結局、うとうとし始めたところでようやく夜が明けた……らしい。ぼうっとした視界いっぱいに映る子供の顔――それが誰か認識する前に、彼女は少しだけ不恰好な包みを差し出しながら言う。
「おはよう、アナタ意外とねぼすけさん?ってミサカはミサカは勝ち誇ってみ……い、いひゃい、ほっへひゃいひゃい……」


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遅くなりましたがハッピーバレンタインなのです…
上条さんに届いたチョコレートは美琴か五和が作ったんじゃないかなーと思います


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